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  • 2015.10.23 Friday
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漢の一日

(憤慨とは、あのようなことを言う。名指しで批判してやろうか。あの野郎、末代に及んで憎んでやる。息子の寝る前、毎度この話を吹聴しては、聞くも涙、語るも涙、親子ともども濡れ枕。正義なき世の中に対して激烈の握り拳を二人揃ってたくましく、末は国家反逆の旗手、世間で評判の、嘲笑の顔として知られるような漢に、息子を育てあげてやる気概を抱く。妻は、あきれかえっているとしてもだ。一人の男の、義憤に燃える物語。)


 男は、たらればの話をしていた。安月給と劣性の容姿とに絡み付かれたその男にとり、配偶者の不在が今後の主題であり続けることは必定、怒りという名目で、その実、(こんな未来ならいいのに)、夢を見ているわけである。(そりゃ、スパロボみたいな顔面の女性なら工面できるのでしょうが、やっぱり子供って親の遺伝子によって左右されると思うんです、そう繰り返していたのは、割れガラスの発明家だ)昨日まで男は、或る発明家に尋常ならざる興味を持っていたあまり、論調として引っ張られ、ユーモアに逃げ、結果、ぐらついているのだが、それは今に始まったことではない。この男は、しばしばこうした形で論の錯綜を見る。その瞬間において、最も興味のある事象一つが脳を幅広く占領し、それ以外が抜けてしまう。社内で残念な人と呼ばれる所以である。


 男は、往時に於ける体験を、ニコニコ動画、「大山のぶ代のアルカノイド」を眺めながら、以下のように語った。
 

   ーーーーーーーー
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       。  
      ー


 大便所に、紙がないのである。別に珍しいことではないかもしれない。外国では輪をかけて日常的な光景かもしれない。しかしながらここは日本。一般人は阿呆な顔でバラエティ番組さえ見ていれば、与党と野党の区別すら出来ずとも死ぬまで安楽に過ごせる白痴国では、なかったか。


 血税はどこへ行ったのだという話にもなる。紙のないことに気づかずに、水門を解き放ってしまった人間の気持ちをば、推し量れという話にもなる。何より、説明不足、これはいけない。普段からちり紙を携帯しろという論理も、説明なしには受け入れられたものではない。曲がりなりにも主権在民、国民を欺いてはいけない。仮に税金が足りないのなら、なぜその旨を張り紙で告知しないのだ。「こちらの大便所には紙がございませんあしからず」ワープロ文字でも手書きでもなんでもいいから、一筆したためておけ、バーコード集団め。


 上智大学の入試か何か知らないが、今日の四谷駅は、前途有望な若者たちで、みっちりとしていた。腸内の糞のようである。入試か何か知らないが、それをやり終えた充足感から、皆人がすがすがしい面持ちで、便後のような面構えで、駅内を闊歩していた。その中にあって、対照的なおれ。おれは便意に押され、はからずも試験直前の如き不安の形相を浮かべ、全速力にて便所へと疾走していた。すると不安と腸内に蓄積された糞とに満ち満ちたおれは、美女の網タイツにすら目もくれず、乞食を押しのけ大便所に駆け込み、和式であることにも寛容で、のみならず洗面所にて整髪をするジュノンボーイに怪音盗まれること厭わずして、トランペット演奏をこなしてみせたのである。大音量であった。


 で、紙がない。蒼白、まさかと思った。慌ててちり紙をバッグから取り出そうと手を突っ込んだが、あるはずもなく、再び、まさかな、今度は苦笑いを浮かべた。そうしてようよう取り出したのは未使用のマスク。先日まで風邪の重症に悩まされていたため、マスクを二つ携帯していたのである。残りは未払いの請求書ばかり、糞紙には丁度良いが、きりきり、肛門が悲鳴をあげてしまう。アンコールでバイオリン演奏など、洒落たことはしたくない。


 マスクの尻に優しいこと、大発見であった。活躍の仕方こそ違えど、上の口か下の口かの差でしかなく、大同小異の範疇、彼らも浮かばれるはずである。兎も角、お役を全うしてくれた雌雄一対のマスクの、下水への旅立ちを見送るべく、感謝の心つまびらかに、レバーを「大」の方向へとつまみ上げた。するとマスクの夫妻は、水流にのまれ消失するどころか、持ち主の手元を離れること嘆かわしいとばかり、異界へと繋がる水たまりの水面に身体を浮かせたきり、微動だにしないではないか。ははぁ、これが本当の浮かばれた状態、しかし得心している場合ではない。彼らの躊躇は大便の旅立ちをも阻害する有様で、どっさりと流れ込んでくる糞をその身一つ、夫婦だから合わせて二つ、全て受け止めてしまうのである。何度レバーを叩いても、マスクは身じろぎするばかりで、沈殿してゆく素振りも見せない。そうこうする間に和式便座の中身は糞と流れない水とで溢れかえっている。もう、知らん。


 便所の給水タンクに足をかけ、ちらり外に目を遣る。他の人間にこの状態を悟られてはならぬ。悪に手を染めるのならば、完全犯罪が望ましい。幸いなことに大便の排出を切望する待ちの人間の姿はなく、在るのはただ、先程とは異なるジュノンボーイ一人。そいつの髪型の整ったと同時に、つまりはそいつのいなくなった瞬間に、万事が快調であったような面持ちで、ぶらりと便所を飛び出した。


 相変わらず駅内は、入試か何かを終えた若者たちの、充足した顔面に埋め尽くされていた。おれの知ったところではない。しかしながら、ガラス窓に映し出された現実は、そんなおれの思いどこ吹く風、おれもまた、彼らと同じ表情を、浮かべていたのである。それは紛れもなく、一つの大事業をなし得た人間のみが知る、あのそれであった…。








ジュブナイル

 世の欺瞞に憤慨するも、具体的な行動に結びつける知恵を持たぬ男がいた。怒りの矛先が壮大にすぎたため、ぶっつける相手が見えなかったのである。対戦相手不在の闘いにあっては、気を溜めるばかりが彼の能、早く次の展開に進めよ、アニメ版ドラゴンボールZの様相を呈していた。


 夕食時において、彼は一介のテレビ視聴者のレヴェルで権力者に愛想を尽かす。汚職議員、性犯罪タレント、力を持つ者によって日常的に行われる不正不義、許すべからざる腐敗に、倫理の不在を嘆いた。


「ごちそうさん」


 彼はまた、母親をも懐疑の視線で見つめていた。人類を包むこと羊水の如き海洋を、いずれは窮地に陥れるであろう食器用洗剤。それをルーティンワークの要領、連続する肉体反射の一環、要するに思考停止の論法でもってこともなげに利用する一人の人間、お母さん。失望の念がそこにはあった。


「そんなことじゃあ、イルカが死んじゃうぜ」


「じゃああんたが洗いなさい」


 なんでおれが洗わなくちゃいけないんだ…。彼は当時、社会正義を貫くためには潔癖であらねばならぬ、そう考えていた。車を運転しなければ、自家用車を持つ人間を否定出来る。食器を洗わなければ、洗う人間を否定出来る。超越的立場からの容赦なき掣肘。翻ってそれは社会に参画しない者の狡猾であり、現実からの逃避に他ならぬ。彼も気づいていなかったわけではない。彼はそれを逆に、若さ故の特権と見なしていた。洗剤の代替案など、考えない。低燃費エンジンの開発の話など、分からない。実地レベルでの改善策には興味がなかった。全てか無か。彼は全て足り得るための無を唱えた。文明へのアンチテーゼ、不要物の抹消。年代特有の選民主義とニヒリズムの折混ざる空疎な観念への偏質。しかし、本気であった。


 神なきこの世界にあっては、啓蒙が必要である。指導者たれ、彼は自分にそう言い聞かせた。


 日中は日中なりに、同級生の豪奢な立ち振る舞いに、憤激した。不必要なまでに筆圧の濃い生徒を見つければ、その生徒がうだつの上がらない弱気な者である限り、


「筆圧が濃いよ」


 注意したものである。彼の論法によるとそれは、シャープペンシルの芯が長持ちすることによって、ひいては地球環境の保護に繋がるのであった。彼はまた、半永久的に使用可能な消しゴムの発明にも情熱を燃やしていた。消しかすを集めては、己の筋肉の許す限りの圧力を加え、再び固形に戻す。


「お前、消しゴムで遊んでいるんじゃないよ」


 無能な教師の心ない一言にも、彼はめげずに永久消しゴムの開発を進めた。ある程度のレベルで実用性のある消しかすを排出する消しゴムを彼が発見するまでに試用した消しゴムは実に7種を超えており、その数は書き間違いの少ない人間ならば高校三年間の消しゴム使用総量とすら思われた。しかしながら、発見することが重要である。これを広く世に宣言すれば、たちどころに消しゴム消費量は減少し、エコロジーに繋がり、イルカに優しい世の中が到来するだろう。さしあたって彼は、その消しゴムの有用性を発揮する舞台として、英語検定二級の会場を選んだ。


 英語検定二級一次試験は、記述とマークシートの回答形式からなる問題群の連続である。マークシートは肉体反射の発露、瞬発力がものをいう。2番が続いているからここは4番だな、など、どうでも良い確率論で埋めたところで、当たることはそうそうない。何より、後に構えている長文読解に費やす時間を確保する必要がある。ここでは総合力が問われる。熟考せねばならない。彼は、彼一流の理論のもと仕事をこなした。マークシートを高速に埋め、あと一問で記述だ、肉薄、そうしたところで気がついた。回答欄が、余っている。つまり、どこからか、ずれているのである。


 彼は探した。読み飛ばした問題の箇所を。そしてそれは大設問一の、三題目、途方もなく序盤のミスであった。急いで消しにかかった。しかしながら非情にも消しかすの集合体は力を入れるやたちまち飛散し、手の間でぼろぼろになり、頑張ってくれないのである。


「お前ら、しっかりしてくれよ!」


 無生物は、手垢と黒鉛とにまみれるばかりで、返事をしないどころか、消した先から解答用紙を黒く汚す有様であった。そうして彼は、楽勝と思われた英語検定2級、それも一次試験を、落とした。


                               続く

哀犬臭

 実家へ戻った時のこと、生まれて半年になるフレンチブルドッグが庭を疾駆しいしい出迎えてくれた。名はコロ助、雄、ぱんぱんに太っている。


  犬は解りやすくていけない。彼らの単純なこと凄まじく、動物並である。投げたボールを拾う遊びがあれば、一生を幸せに過ごすだろう。中には自分の尻尾を追いかけて一日を終えるやつもいる。ばか!


 かくしておれは犬を軽んじ、行動の読めない猫を好む。晩飯の最中にコロ助がやってきても、顔面を足の裏で押し退ける。すると彼は哀しげに尻を振って寝床に戻る。餌場よりも便所の水を選び、オナニーの最中に限って甘えてくる猫の感性的な、女性的な振る舞いとは大違いだ。


 コロ助の寂しそうな視線に気が付いたのは、ある食後のこと。愛嬌たっぷりの彼だのに、おれの前では直立なのだった。怯えている。


 殺那、猫より早くおれを迎えてくれたコロ助を思い出す。誰をも隔てぬ心の持ち主に、酷いことをしてしまった。会社でへこへこして犬に大威張りの人間は最低である。優しくしよう、そう決心し、全身で彼を受け止めた。すると腰を猛烈に振るや、射精してみせたのである。ちょっと気を許せばすぐこれだ。まったく、犬の解りやすさといったら男性並だ。

プレシャス・デリシャス

 昨晩、ロナウドの全盛期の映像を眺めていると、胸がジーンとして、このはげ頭は一人、涙をぼろぼろとこぼした。続けざま、エックスの野音ライブ、紅を拝聴していると、同じく熱い思いがこみ上げてきて、口ずさみながら、また泣いた。その後、知念里奈のPV映像をぼうっと眺めていると、意図せずしてあの頃の思い出が頭を去来した…。


 むしむしとする6月下旬、或いは7月初旬、いずれにせよ高校一年の初夏の頃。その日も暑くて、気候に身悶えして、学校を早退した。帰り道、3000円を握りしめて、イトーヨーカドーへ寄った。マジンガーZのペーパークラフト本を買うために。


(イメージ画像)


 マジンガーZは、原作に興味はなかったものの、格好よいとは思っていた。もともとセンスは良くないほうである。早くもドロップアウトしてしまった数学の授業時間を、終わったポケモンのレベル上げ以外のことに、費やしたいとも思っていた。あの当時、まさしくマジンガーZは趣味と実益を兼ねていた…。


 ペーパークラフトの雑誌を手に取ると、そのままレジへ向かった。ずしりと重い感触は、それもそのはず、間に他の雑誌が挟まっていて、引っ張り出すとそれは今となっては懐かしいB5版の、投稿写真だった。小学生のような小僧にそれを手渡すと、おれは先を急いだ。


 レジまでは結構の距離があって、辿り着くまでの店内には、スポーツ用品から雑誌、食品、CD、色んなものが陳列されていた。日照権の関係で、この店は高く建てることが出来ないぶん、フロアー自体を大きくしているのだ、という話を、小学時分に社会科教師から聞いたことがあった…。


 CD売り場を横切ろうとした時、一つの触れ書きに目がとまった。


「知念里奈NEW ALBUM 「WING」発売!購入者には先着でポスタープレゼント」


 知念里奈、知念里奈。気がつくと知念里奈のCDの並ぶ棚の前にいた。あの頃、知念里奈の顔が好きで、歌には興味がなかった。先着順で手に入るポスターがでかでかと飾ってあって、そこには大判の知念里奈が、ここぞと目を離し、あごをとがらせていた。マジンガーZと同じである。かわいい…。


 手元にある3000円の使途が、急に揺らいだ。マジンガーと知念里奈、どっちにしよう。CDも欲しいけど、何よりあのポスター。今ここで手に入れなかったら、一生後悔するかもしれない。でも、知念のCDなんて、かごのへこんだカマキリハンドルのママチャリに乗った高校男子にはずいぶん女々しくないか。なに、対外的には黒夢のヘビーリスナーで通しておけば、かまやしない…。


 葛藤の末、知念のアルバムを平積みの上から一枚手にすると、マジンガーZのペーパークラフトを、平積みにされたの知念里奈のCDの上に、覆いかぶせるようにして置いた。知念里奈のCDを、自分以外の誰かが買うことが、許せなかったのだ…。


 レジにてCDを差し出すと、間髪入れず店員に聞いた。


「あの、ポスターまだありますか?」


「まだ一つも出てませんから」


 深く安堵すると、CDはバッグに入れ、ポスターは利き腕の左の手のひらで、柔らかく携帯した。一つでも注意を抜いて、くにゃりと折れ目がついてしまってはたまらない。風の抵抗を受けない猛烈なのろさで自転車をこぎこぎ、家に辿り着いたのは、午後1時だった。当然、家には誰もいない。茶々丸という愛猫だけが、静まりかえった家の中に、大いばりで寝転がっていた…。


 知念里奈のポスターを、おそるおそる広げてみた。そこにはやはり、目の離れた、あごのとがった知念里奈の、巨大な笑顔が、あった。かわいい…。


 さあ、部屋のどこに貼ろうか。壁のぐるりには、清春のポスター、武藤と蝶野の男性用下着ポスター、アントニオ猪木のポスター、アントニオ猪木の等身大掛け軸、これには闘魂列伝2と銘打ってある、そのようなものが壁紙を埋め尽くすように貼られている。なんだこの部屋は、最低じゃないか。ホモの住む部屋じゃないか。こんなものは剥がしてしまえばいいんだ。そう思って武藤と蝶野に手を伸ばしたものの、剥がせない。このポスター、剥がすにはあまりに思い入れが、強すぎる…。スキのないポスターたちの、どれをどうするべきか。猪木も清春も、みんな好きなのだから、やっぱりホモなのかもしれないな。ひとまずトイレへ行った。小便をするうち、名案が思い浮かぶかも、分からない。


 結局何も思い浮かばないまま部屋に戻ると、ドアのところで茶々丸とすれ違った。なるほど、いかに猫とはいえ、彼も知念里奈には目がないと見える。飼い主に見られないようにこっそり覗きにくるなんて、なかなか猫らしいことを、してくれるじゃないの。感心しながら部屋に戻り、床に広げられた知念里奈のポスターに目をやると、お好み焼きが一人前、生地のまま置いてあった。おいおい、鉄板じゃないんだから。よく見なくとも、茶々丸の、ゲロである。この猫は、これ以前にもドラゴンクエスト3で、ようやくバラモスというところで、何食わぬ顔で部屋にやってくるや、ファミコンの上にゲロをしたことのある、前科猫である。激昂した。


 ………という思い出が、一瞬のうちに蘇った知念里奈のあの顔を見て昨日。愛猫は、大学に入学するまでもってくれればいいのにねという母親の言葉を守り、おれの5歳から21歳までを連れ添うと、最期は声もなく、逝った。まだ、夢に出てくる。


 


 


 



最強の外国人助っ人「大山アモス」1

 小学五年生の当時は、特別辛いこともなく、へらへらしていた。校庭に隕石落ちてこないかな、夢想に暮れては校舎の窓から外界を見下ろし、家々の屋根にたゆたう陽光など眺めていた。まったく、ここにはなんにもありゃしない。当時、家にはストリートファイター2があったのである。


 後ろの席の男子は、辛辣にいじめられていた。彼は、精神よりも肉体に苦を与えられていた。上履きを持った男子に頭をずっこんばっこん殴られたり、手のひらにのせた画鋲を的当ての要領で飛ばすゲームにおいては、的の役を負わされていた。生傷は、絶えなかったはずである。


 ある日彼は平素のいじめにより覚醒したのか或いは狂気の沙汰に触れたのか知らないが、廊下に転がるゴキブリの死骸を、スナック菓子をつまむ要領で親指と人差し指で器用に持ち上げ、大声で周囲の注目を寄せるや、恍惚の表情でそれを口に放り込み、残さず食べた。それ以降彼は、いじめに遭わなくなったばかりでなく、本物として君臨し、周囲に畏怖を与える存在となった。


 教室内はというと、彼の覚醒によりバランスを崩していた。つまり、ヒエラルキーの原理とも言えるいじめの構造が、その対象者の突然の不在により、瓦解の様相を呈していたのである。いじめっ子たちは、狼狽していた。おれは当時ラメが入った格好よいイカのキーホルダーを持っていたので、いじめられずに済んだのだが、他の友人たちはイカのキーホルダーを持っていないので、いじめられたらどうしようと、不安に暮れていた。


 そんなある日、転校生がやってくるという話が、水泳の授業の中で立ち泳ぎしか教えてくれない、かつらの担任から舞い込んだ。教室はたちまち揺れた。女子たちは、恥じらいの表情もなく「男の子〜?」と声高に質問を浴びせていた。男子たちはというと、女子ほどませていないものだから、本当は聞きたいのに、女の子かどうか聞きたいのに、髪型、出っ歯、しゃくれ、でぶ、なんでも聞きたいのに、もじもじするばかりなのだった。


「男子が来ます」


「やった〜!」一部のハイカラ女子たちが黄色い声を交わす中、男たちは全く面白くない。転入生が女でないことも面白くないが、クラスの女子の態度が、許せないのである。お前、ずいぶん喜んでいるけど、この前のバレンタインでおれにチョコくれたんじゃ、なかったっけ。おれのこと好きなんじゃ、ないのだっけか。嫉妬するわけである。下校中は、まだ見ぬ転校生に対して「生意気だ」というレッテルを貼る男子が早くも急増し、みんな鼻息荒かった。おれも、家族で晩ごはんを囲んだ席において、「明日転校生がやってくるんだけど、こいつが生意気なんだ」ということで、もろに流された意見を親に向かって提唱してみたものの、「会う前からそんなこと言う奴があるか」と厳しく否定されるや、「言ってるのはおれじゃないんだけどさ」など、大器の片鱗を微塵も伺わせない発言によって、息子の小物ぶりを存分に発揮し、父親を悲しませたものである。翌朝、ホームルームの時間に、教師に連れられて噂の転校生がやってきた。


「パラグアイから来た、大山アモスです」


 教室が揺れた。大誤算である。

星のお姫様

 〜むかしむかしのおお昔、まだ人のねがいごとがなんでもかなったころのこと、一人の王さまが住んでいました〜


 グリム童話「蛙の王様」の冒頭である。やさしい。童話とは久遠の若さに生きる人間の心の糧、いつの世も、幻想は過去に在る。夜も更けてこども部屋、母性は物語をつたって柔らかな毛布となり、眠る娘をそっと包み込む。


 描いていて、どうにも、臭い。だいたい、人のねがいがなんでもかなったころって、無秩序の時代をひらがなで優しく表現しているだけじゃないか。レイプ上等、幼児陵辱朝飯前、動物虐待愉悦の極み。人が蛙に化けるなんて、けた違いの非常事態である。社会の安定など、望むべからざるところの世相であったことを、確信している。


 おお、真面目に語るとすぐこれだ。怒るのである。童話を読む資格がない。昔からそうだ。5歳の頃には勧善懲悪に飽きていた。桃太郎の話を聞かされても、きび団子の製造法を知っているお婆さんが旅に出れば、山を埋め尽くす猛獣猛禽類人猿を仲間に出来るから最強なのではないの、かくの如き異を唱える始末だったのである。


 大学時代、19世紀末から20世紀半ばのドイツに夢中の半年間があって、つまりマルクス、ニーチェ、ヒットラー。恋慕に近しい熱情でもって連日書物をひっくり返しては鼻息荒く布団にくるまっていた。カフカを引き合いに出すまでもなく、芋虫みたいな生活を送っていたのである。場所は、彼女の家である。たまに声を発したかと思えば、ニヒリズム、共産主義、ナチズム、いずれかに関する自分なりの見解、或いは、ちょっとくっつけよ、いやらしいのである。


 退屈極まりない猥褻な芋虫の飼い主たる彼女はある日激昂し、こんなに張り合いのない人間は見たことがない、出て行けと放言した。当然である。当時は、100メートル離れたコンビニへ行くにも、本気で嫌な顔をするくらい、実に虫だった。なに、そのうちメタモルフォーゼするからちょっと待っておけ、とか言ってさんざん彼女の時間を犠牲にした。結局、おれのこと好きなんだろ、一人勝手に蜜月と勘違いしていたのである。そんな具合にゆるゆると時は流れた。


 陽射しの柔らかさに充実を覚え、時折吹きすさぶ冷たい風に孤独を憂う。豊穣と共に朽ちてゆくもの多き時節、秋。草木や虫がその生命を終えてゆくさまにセンチメンタルを感じたのか知らないが、その頃になると彼女がふいに優しくなった。(後になって他に頼れる男性を持っていたことを知るのだが、何せ当時のおれは、虫である。疑う頭を持っていなかった)


 その日は二子玉川にあったおれのアパートに二人揃ってごろごろしていた。すると彼女、「虫の命も平等なんだよね」菩薩の体でそんなことを言って聞かせるのである。へえ、そうでげす、虫は答えるわけだが、彼女のかけるスピッツを止めてレッドツェッペリンを流すと、おい、と一言、恫喝してくるではないか。早速の論の破綻に戦慄きつつも、未だかつて、尻に敷かれない恋愛をしたことがないおれにとって、怒られることは嬉しいことなのだった。弩級のMである。


「そんな小難しくて貴方の頭じゃ半分も分からない本ばかり読んでいないで、たまにはこういうのを読んでみたらどうなの、これはね、深いよ、哲学的なんだから」したり顔でサンテグジュペリの星の王子様を手渡されたものだから、狼狽した。うわあ、読みたくないなあ、時間勿体ないなあ、山のように膨大な時間を持て余しても尚、読む気がしなかったのである。題名がいけなかった。星の王子様って、ずいぶん臭いのである。


「分かった、一両日中に読み上げる」声高に宣言すると、夜までに読みなさいと上からの鉄槌を振り下ろされた。そうして彼女は晩飯の用意をすると言い残し、部屋を去っていった。なんだ、偉そうに。反抗しようか。布団の中でもぞもぞするばかりで、決してしないのである。まあ、たまには彼女と共通の話題で盛り上がるのも悪くない。めたくそに弱いのである。兎に角、こんな本、2時間もあれば読み終わるさ、しばしの仮眠に入った。


 枕に染みたよだれに気分を害して目を覚ますと、果たして夜中であった。急いでゆっくり電気をつけて時間を確認すると23時、おい、怒られるんじゃないのか、自転車盗んで駅まで逃走、電車に乗りつけ彼女の家へと急いだ。


 家に到着すると「遅かったね、なんかあったの」この日一番の冷ややかな態度でもって迎えられた。ああ、ちょっとね、もじもじ言ってみたものの、なんにもないのである。「あの本読んだ? 面白かったでしょ。ナントカ主義よりも深いんだから」どうにも彼女、アイデンティティを丸ごと星の王子様に委ねている様子、余程自信に満ちている。王子に関する話をしたくてたまらない様子が、ひしひしと伝わってくる。こいつは面倒だ、と、そこにきて初めて、これまでの己の過ちに気がついたのだった。おれときたら、起き抜けにナントカ主義、ピロートークにナントカ主義、米を噛み砕く間にもナントカ主義、まんげまんげ、ナントカ主義の話ばかりして、彼女をずいぶん苦しめてきたのではなかろうか。


「…というわけで、図星だろ!」すると彼女はいよいよ諦観の様相でもって「おめえ、おせえんだよ気づくのが」超怖いのである。ひれ伏した。「で、星の王子様はどうだったの?」まだこの話続くのかよ参ったな、思いながらもご機嫌を取らねばならぬというとっさの判断から「うん、良かったよ最高」と、話を聞いていない人の返答みたいな言葉が、思うより早く口から飛び出したのだった。


「本当? どこが良かった?」無邪気な顔でいきなり致命傷を負わせる質問を投げかけてくるのである。全く知らない歌を誰かと一緒に歌わねばならないとき、隣の人間が歌ったコンマ一秒後に真似て歌う要領で、ここは一つ恥を偲びつつも彼女の話に相づちを打ちまくることで早急に話題を終わらせねばならないと考えたおれは「逆に、君はどこが良かったの?」こう返した。緊張のあまり、鼻の穴が、膨らんだ。


「あんた、読んでないでしょ」女の人ってば、どうしてこんなに冷たい表情を作ることが出来るの。ばれるにしても早すぎた。「そんなことないよ、読んだって」こうなるともはや、彼女を怒らせない道として残っているのは、自分で自分の首を絞める道だけである。


「じゃあ主人公の名前何よ」


「ええと…サンテグジュペリは作者だから…」


「もう、最低だね! 読んでないって言えばいいじゃん! 大丈夫? 人として」


 たぶん、大丈夫じゃないと思います。しかし、童話とか、星の王子様よりも、今少し無骨、或いは徹底的な少女趣味、そういうものでないと、興味が沸かないんだよなあ。述懐しても、もう遅い。彼女は戻って、来ないのだ。しかし、戻ってこなくても、良い。わけがわからないのである。頭をぐつぐつさせながら冷蔵庫の茶を取り出すと、もんわりとしながらも鋭利な酸味がかった臭気がこの団子鼻を襲ってきた。納豆と、蕎麦が腐っていた。


 うふふ、終わっているな、酒も飲んでいないのに酩酊、コンビニへ向かうと、ごみの日でもないのに、集積場にごみ袋が一つ置かれていた。マナーの悪い人間もいるものだ。最低だなまったく。未知の人間を責めた。


 よく見るとそれは、先週おれの出したごみだった。


 


 

 

 目と目で通じ合ういろっぽさがあるという。目はあらゆる感情を表現するものだから、記憶にも強烈である。


 美女を従える友人がいた。足しげく遊びに行った。同棲をしていたので、男の物品同様彼女の衣服その他多くもまた、部屋には散乱していた。


 男は性的に旺盛で、バイブだとか転がっていた。女はしかしさほど気にせずにいる。やおら掴みとり、におってみた。


 「猫木君、それ洗ってあるよ」


 うるせえ。ギャグのつもりだ。小学時代、くれよんしんちゃんのシロの真似と言いつつ金玉を掻きむしる友人がいたが、後年彼の曰く、当時は本当にかゆくてギャグにかぶせていつも金玉を掻いていたのだということで、今更の告白、誰もが知っていた。おれのスヌーピングもまた、一つもギャグになっていなかったのだろう。とりあえずスイッチを入れてみたが、随分うねるものだから、


 「すげえなおい、こんなもの入れているのかお前」

 
 「でもね、もう飽きたの。だからいいよ持って帰って。使いなよ彼女と。きゃは」


 「…」


 「なに黙ってんの、冗談よ冗談。うける」


 「おいお前ゲームに集中しろよ、ドリブルが雑だぞ」


 テレビゲームより彼女とのバイブ問答に興味を抱いたわけだが、するめを食いながら酒を進めるうち、コインランドリーに行かねばならないという話になった。当時その彼女は服飾の専門学校か何かに通っていて、服が多かった。


 「おいどうする、俺と夢子は行ってくるけど、お前部屋にいるか」


 「ああ、面倒くせえからここにいようかな」


 とか一人前のことを言っているのだが、是が非でも彼女の下着を発見してやろうと野心にみなぎっていた。ところどころに覗き見える下着とおぼしき工芸品の数々が持ち前の収集癖に火を点ける格好となり、別に盗むわけではないが、鑑賞しようと考えた。


 「じゃあ行ってくるわ」


 「おう、しかしきたねえ部屋だなあおい」


 前のめりになった本心が、あらぬ言動を招いた。


 「やっぱり猫木君も一緒に行こうよ」


 彼女の発言に一抹の不安を覚え彼女の目を見ると、ありったけの蔑視を向ける美女の姿があった。ばれている。部屋が汚いという発言が含む意味を彼女に悟られたのだった。しかし、彼女の言い分は、推論でしかない。平静を装うことで虚勢を張った。


 「だりいなあ。まじで?まあいいけどさ。コインランドリーどのへんにあるの」


 「いいじゃん、どこだって。近いよ。とにかくさ、一人で残すとさ、あれでしょ、下着とか探すんでしょ」


 「こいつ絶対するわ!あぶねえ!」


 やはりばれていた上に、男とグルを始めた。彼女の目がおれに訴えていたのと同時に、おれの目もまた彼女に真実を伝えていたのだろう。分かりやすい男である。


 就寝時、彼女はネグリジェのようなものを着用して寝ていたのだが、ほとんど下着のような格好だったものだから、そんな格好するなら下着さぐるっくらいどうでもいいのじゃないか、そう考えていたらば


 「あのさ、これはネグリジェで、下着とは全然違うんだからね」


 ということで、ぜんたいお見通しである。他人の目に注意を払う前に、まずは自分の目を鑑みようという話。





 

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