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  • 2015.10.23 Friday
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取調

「ちょっと待ってろ、もう来るから」
「はあ」


 取調室、パイプ椅子に座る挙動不審の容疑者石原洋介二十一歳に向かって脇に立つ新米警官の酒井が言を浴びせる。取調官が到着するのを二人、言葉少なに待っている。石原は強姦致死並びに死体損壊の容疑で先週に逮捕された。先月六日午前十時、静岡市内の民家に押し入り主婦浜田美重子二十一歳を強姦、殺害後、腹を切り裂き胎児を引っ張り出しボーリング場へ趣くと玉のかわりに胎児を投擲、直後店側の通報により警察が出動、身柄を拘束されて今日に至るというのが事件の概要である。


 石原の猟奇犯罪に列島は震撼、テレビも新聞も連日この件を取り上げている。ただ、肝心の犯行動機が一向見えてこない。警察発表によると自供自白が全く信用ならず、公表するに値しないとのことである。それでもテレビは数字を取るため常に新鮮な情報を垂れ流すことで視聴者の関心を惹かねばならぬから、たとえばワイドショーなんぞは卒業アルバムからバイト仲間の言から、石原の様々を晒し続けると同時に、石原の人生がさも犯罪に帰結して当然が如くの物語を恣意的に構築している。最近では、彼の鮪を食うにあたって醤油をつけぬ食作法すらもが、血の気を求める犯罪性として語られている程である。何が真かも定かならぬ中で誰も彼もが恐怖と怒りとを口にしつつ、一方で並外れた猟奇性になにかしらときめく思いを胸に抱いているものだから、事件はいっこう風化の素振りを見せぬまま一週間が経過した。


「やあやあ遅れた、便所が渋滞しちゃってて」


 二人が無言を続けて十分、ようやく取調官の丸目が現れた。顔から何からぎらぎらと脂っぽい、太った中年である。机を挟んで石原と向き合う形で椅子に座る。早速書類に目を落として石原に質問を始める。


「ここ一週間、何も具体的な言葉がないのはどういうことかね」
「いえ、私は全てを正直に話しているつもりです。美重子さんは僕の初恋の人で、その女性が他人の子供を身籠ったことが、どうしても許せなかったのです」


 むう、そう云って丸目は尚も書類に目を落とし続ける。室内灯が丸目の頭頂部を鋭く射し、鳥の巣のようにだらしない毛髪の奥にある地肌が、石原からは良く見えた。


「そうはいってもだね、胎児をボーリングに使うなんて発想は普通じゃない」
「あのボーリング場は僕が人生初めてのデートをした場所なんです。相手は…」
「美重子さんだったんだろう」


 石原は、取り調べの最中ボーリングが話題にのぼるたび、きまって悔し涙に声を詰まらせる。例に漏れず今日もまた、顔を伏せて泣いている。室内灯が石原の頭頂部を鋭く射し、鳥の巣のようにだらしない毛髪の奥にある地肌が、丸目からは良く見えた。


「まあ、君の美重子さんに対する思いのいかに深いかは分かった。だがあれだろう、犯行当時は心神喪失の状態で何も覚えていないのだろう」
「いえ、僕は全てにおいて自覚的でした。美重子さんの乳首が妊娠によって酷く黒ずんでいたこと、妊婦の油断、或は入浴の面倒からか、脇毛の生えっぱなしであったこと、死してなお臓物の温かであったこと、あらゆるを覚えています」
「いやもう心神喪失でいいって」


 これまでの石原の発言から、殺害が確信的であったことなど丸目にも当然分かっている。が、丸目は彼の自供通りに物事の進むことを良しとしなかった。石原は二十一歳にして完全の禿頭で、それが丸目の心を打ったのである。顔立ちもみすぼらしければ画期的な性質もない勤勉だけが取り柄の男、そういった印象を相手に与える石原のような男が禿げ上がってしまっては、女など夢のまた夢、あとの人生は消化みたいなものであること、自身十九から完璧に禿げた丸目にとっては自明であり、今回の彼の悲劇も我がことのように思われた。今回の事件を鑑みるに、悲劇は殺された美重子とその家族にのみもたらされたのではないという考が丸目にはあった。丸目にとり石原の凶行は、持って生まれた性質の不具によってあらかじめ規定されていた結末に思えてならず、特に禿の一点において丸目は憐憫以上の強い感情でもって石原を擁護したがった。


「君は本当は根のいい人間に違いないんだ。だから無理に自責に駆られるんじゃない」
「貴方に何が分かるというのでしょう」
「いや口に出さずともようく分かるんだ。悔しいだろう、本当に悔しいだろう」
「丸目さん…」


 石原、丸目、別段感動的な何かを云い云いしたわけでもないが、雰囲気のセンチメンタルから二人の目にはしぜん涙が溜まり、抑え切れぬ感情に拭い切れぬ涙をそれぞれ零した。室内灯が二人の頭頂部を鋭く射し、鳥の巣のようにだらしない毛髪の奥にある地肌が、脇に突っ立つ酒井から良く見えた。そうして酒井もまた、何かしら熱いものを胸に感じた。酒井とて警帽の内実は二人のそれと大差ないのである。


「本当に、自分のハッキリとした意思のもと、やったのか?」
「…ち、違うかもしれません…」
「よし、よく云ってくれた。よく云ってくれたぞ。君はきっと刑務所へは行かない」


 犯行当時の容疑者は心神喪失の状態にあり云々。明日、警察よりマスコミに向けて開かれる会見内容がこうして決定した。日も落ちた警察署内、丸目は一人黙々と会見時に読み上げる文章を紡いでいる。途中何度も帰りたかったが、石原の年の割に薄すぎる毛髪を思い出すたび、自分がやるしかないのだという責任感のようなものに後押しされて、ようよう完成したのは深夜一時を回った頃だった。


 丸目が署を出ると、そこには一人の若くて綺麗な女性が荷物を持って立っていた。


「これを石原君に届けて欲しいんですけど…」
「君は誰だね」
「彼と婚約をしている美人美人子といいます…」


 翌日、警察は石原の事件について、犯行当時にも意識は明晰であり、心神喪失の疑いもなく、単純に快楽殺人への希求を備えた人間による非道極まった大犯罪、そうメディアに向けて発表した。会見内容は全て、丸目に依った。三年後、石原には死刑が云い渡され、翌年には異例の早期執行によってその短き生涯を終えた。

或養豚娘

 夏もとうに終わり、秋の面影も残すところ学内に咲き残る百日紅の花のみとなった。行き交う女学生は柔らかなる陽光を浴びて肌白く、笑顔に漏れる歯白く、揺られ消えゆく吐息も白い。色のない季節、もうすっかり冬である。女子大に忍び込んだ。


 晴天であるにもかかわらず、昼間から底冷えのする十一月、庭の活気とは裏腹に、しんと静まり返る校舎内はむしろ外より冷えていた。窓を覗けばどの教室にも廊下に劣らぬ静寂を纏う講義の風景がある。学生の大半は眠っているか、他のことをしている。彼らの興味を寄せ付けない退屈とは一体何かと黒板に目を遣ると、目立つ文字で『ゴグマゴグ』とあった。旧約聖書について何ぞ学んでいるところらしい。過度なまでに装飾の施された女生徒達が古代宗教史に面食らっている姿は、どこか戯画的である。他の講義も眺め眺めしたが、いずれも大同小異、退屈な顔が並ぶばかりであった。


 階段を下りようと廊下を抜けて突き当たり、ここではじめて声の外に漏れる講義を見つけた。学生の数二十人前後と際立って小さなこの教室では、皆総立ちに喧々囂々、苛烈なる論戦が繰り広げられていた。サブプライム甚だしいこのご時世、熱い学生がいるものだ、唸ってみたりもしたものの、次第に講義の異様に気付く。目は血走り飛び交う言葉は罵詈雑言、パンチラ気にせず蹴りも出る。どうやら討論が喧嘩に発展したらしい。女の罵り合いを目の当たりにしたのはこれが初めてであったが、糞味噌の最低で、姉のいる男が女は怖いという理由が分かった気がした。


 と、この一連の騒動に加担せず他人事のようにすました鼻の高い学生が、こちらに気付いて笑顔で手を振ってきた。目の青いところを見るとハーフかもしれない。色白で、華奢な指をした綺麗な女である。先陣を切って爆弾よろしくの弁舌を揮う女と比べると、その美貌が際立った。


 騒ぎも忘れて色白の女を眺めていたところ、例の揮った生徒がふいにワーッと言い分を喚き、最期酷く不細工な表情に崩れ、勢いそのままに泣き出した。過熱していた場の空気がたちまち萎んでゆく。老教授は狼狽するばかりである。例の色白の女は笑っている。先刻来の混沌に隙が出来たように思えたので教室の中に潜り込んだ。誰もこちらを気にかける様子はない。ここで間近の学生に斯様な事態を迎えるに至った経緯を聞いた。

 
「一体どんな講義内容ならこうも盛り上がるんだね」
「多文化世界における食の多様性というものを話していました」


 泣くほど揉める何かが埋まっている議題とは到底思えない。女心は分からぬものである。彼女は続けた。


「教室にいる私達の多数は、日本の鯨食について固有の文化である以上はそれを保持するべきだという見解を持っていて、ただそこにあの、山本さんが…」
「鯨は食べるべきではないと云ったわけですか」
「そうです、彼女の云うには…」


 と、ここでその山本という女が、二人の会話に割り込む形で怒声を噛ましてきた。悔しさのせいかしらん、前歯は全て折れ、黒い血が噴き出している。応対した。


「だって鯨可哀想じゃん!」
「どうして可哀想なんだい」
「鯨は人間に次ぐ賢い生き物なんだよ! それを食べるなんて酷い!」
「どうして鯨は賢いんだい」
「だってヨーロッパじゃ鯨を食べる日本人は野蛮だって云っているもん」
「君は鯨と会話したことがあるのか」
「あるわけないじゃん!何云ってるの」
「人間の次に賢いとされる鯨かもしれないが、その差は絶望的だ。それよりも、三番目に賢いであろうイルカか猿あたりと鯨のほうが、知的水準はよほど近いはずだ。人間はそれらも食うだろう。そもそも、言語能力のない時点で、人間以外の他生物の優劣なんぞなきに等しい」
「さ、猿とかイルカを食べるなんて酷い!信じられない!」
「酷くない。ところで君は馬刺を食ったことがあるか」
「あるよ、熊本出身だもの」
「馬も食うなと主張する国は沢山ある」
「なんで、いいじゃん、美味しく食べているんだから」
「君、宗教は」
「カソリック、ハーフだもん」


 深刻な対立の原因は宗教か無知か、いずれにせよこの女とは話をしたくないと思うに至った。意外だったのは、彼女をしてハーフだったという事実である。黒髪ずん胴一重まぶた、どこから見ても純粋日本人のように見える。


「どことのハーフ」
「ユーエス」


 このユーエス発言にキャッキャと笑い出したのは、青い目をした女である。ひとしきり落ち着くと、さっきまでの笑顔はどこへやら、妖女めいた表情で自称ハーフに詰め寄った。


「貴女、ハーフじゃないでしょ」
「はぁ?ハーフだし」
「うふふ、違うの、私知っているの。貴女の両親は日本人よ。ヒント、山本養豚場」
「…な、何云ってるの?」
「実はね、私のパパ、カニバルハムの社長なの」


 カニバルハムと云えば、美味なるものにはワケがあるでお馴染みの大手である。教室の学生達がにわかに羨望の眼差しを送る。初めて知らされた事実らしい。女は更に続ける。


「それでね、肉屋さんとか下請けに当然たっくさんあるわけ。貴女のお父様はね、その下請けの中の一つなの。山本養豚場は、私の会社に豚を全部入れているのよ。この前両親揃って会社に来ていたの。そこで全部聞いちゃった。同じ山本で、顔もそっくりだったからまさかとは思ったんだけど…。今後ともお願いしますなんて、私にまで頭を下げていたわ、哀れね」
「…ちょ、嘘でしょ!」
「本当よ、それでね、貴女いつもハーフハーフって自慢しているから、お母様に聞いてみたの。彼女はハーフなんですかって。お母様凄く驚いていたわ。何でそんなことをって。だから私答えてあげた。貴女がいつも自慢することをそのまま。アメリカ人の母親がいて、別荘がロスにあるとかいうあれ。お母様、肩を震わせて涙を流したわ。誇らしい娘を持ってさぞ嬉しかったのでしょうね」
「あ、貴女って人は…」


 はたして予想通り生粋の日本人であった山本は、顔面を蒼白に怒りを越して呆然と立ち尽くしていた。母への贖罪と、露呈されたことによる恥辱と、何よりこの女に対する怒りとが入り交じった彼女の心中たるやさぞ激烈であったに違いない。


 ただ、一連の真相を聞かされるにつけ、自分は彼女の鯨食反対も偏に家業の影響であるかもしれないと考えるに至った。というのは、山本の携帯電話の待ち受け画面には、生まれて間もない子豚が、可愛らしくも胸の中に抱かれて、とても幸せそうな表情で眠っていたのである。殺生への過剰な反応は、愛玩動物の如く愛でずにはおれないこうした子豚も、やがては売られ肉となるという境遇に育った山本だからこそ心に育むことの出来た慈愛であり、また刻まれたセンチメンタルであったような気がしてならないのである。であればこそ、たといあからさまな嘘を吐いていたにせよ、自分は山本に同情こそすれ、責める気にはなれなかった。


 泣きじゃくる山本をよそに、例の鼻の高い女は教室のドアを開け、云った。


「行きましょうよ、臭いわ」


 二人、食堂にて豚カツを食べた。

あばばばば

 闇の空に垂れる頃、軒を連ねる居酒屋は客を引くため明るくなる。中に一軒、真っ暗の店がある。居酒屋『あばばばば』である。このあたりで特に不人気の店である。味、雰囲気は言わずもがな、何より下水の臭う立地、これがいけなかった。地球環境保護を慮る主人の節電が、客離れに一層の拍車をかける格好ともなっている。


 その日は暴力団風の男が独り、カウンターで酒を舐めていた。男は、文学好きである。店名に芥川龍之介を察したので、主人と一つ、そこらへんをなぞりながら杯でも交わそうと思ったのが、終わりの始まりであった。


「店名気が利いているじゃない」
「ええ、元ネタはクマーのAAでして、よく分かりましたね」


 こうして酒のみならず辛酸をも舐める格好となった男は、主人との意思疎通の一切を放棄し、俯き加減に別れた女とのメールを再読しつつ、むしろこれは芥川というより太宰治なのではないかなど、非常な不毛に陥っていたのであったが、そこへ一人の若者風情がやってきた。二十代半ばであろうか、金のなさそうな容貌と、何か根本的に欠けていそうな、聡明でない様相は、男の興味を全く惹かない。


「いらっしゃい」
「クマーですか」
「そうなのよ、このお客さんもそれで来たっつうんだから今日はめでてえな」


 …クマーとは一体、何であろう。見当もつかぬ某に共鳴している二人を横目に自明の揺らぎを起こした。店での孤立に伴う不安が、世間の流れについてゆけぬ中年男の悲劇にそのまま置換されたのである。


(昭和も初期なら、きっと私のほうが正常のはずなのだが…)


「おじさん、パンチパーマに紫色のスーツって凄いなあ。平成にまだこんな人いるんだ」


 心中悟ったかのような絶妙のタイミングで軽薄な言葉をかける。平成も二十年を経過した現代にあって、男の姿はたいへん珍妙に映るのであった。強面が怖いという概念すら、この若者には備わっていないのだ、世代のズレを露骨に見せつけられたような気がした。


「兄ちゃん、俺の昔話聞いてくれるか」
「言っておきますけど、自慢話とかやめてくださいね。僕ら若者、おじさん連中の武勇伝には辟易としているんです。上司ならいざ知らず、得がないばかりか酒がまずくなるだけ損をする。愚痴なりを聞いて欲しいのならキャバクラへ行けばいい。懺悔然り、心情吐露には金が要るのです。自分語りは、相手の時間を殺す作業です」


 面従腹背処世のうち、分かっていながら年長者にこうも辛辣であるとは若者恐るべし。礼節はさておき、正鵠を射た発言である。正論に目が眩しい。


「賢いな、立派に生きているんだな」
「そんなつもりはないですよ、僕らは前世代を見て、改めるべきを改めているだけです」
「そうか」


 刹那、店内に銃声が二発響いた。男は、本当の暴力団だったのである。一発は若者に、もう一発は。


 生き残った人間が、店を出る。喧噪に紛れる足音は誰に聞こえるでもなくまた、誰に気遣われるでもない。現実は、その人が見たいように映し出されるのである。

 五輪に沸く中華人民の熱気は風にのって日本へ伝播、列島もまた、燃えている。午後二時、気候の灼熱に汗の膜が表皮を覆った。


 花屋の前では、黒髪一つ結いのお姉さんがホースを掲げ、打ち水をしている。放物線は目に涼しいが、飛沫の豪快を考えると、もう少し口を下に向けてほしかった。通行人が近づくとホースの先を側溝に向け水がかからないよう心がけてはいたようだが、この身には少なからずを浴びた。打ち合わせまではまだ時間があったので、入店した。


 店内には、花がびっしりと並んでいる。白と黄色の菊を見て、盆を思い出した。他に知る花もないので、やぁ菊だ、などと独り言をかましながら顔を近づけたり指で触れてみたり、興味ある風を装ってみたものの、女性店員はワゴン車に積まれた花々を下ろすことに忙しく、相手にされない。声を掛けた。


「これは菊ですか」
「はいそうです」
「ほうほう、これが菊ですか」


 生返事ながらも会話に即応しつつテキパキと重そうな植物の荷下ろしを進める女性の動作には一切の無駄もなく、機械的ですらあった。額には玉のような汗が溢れているが、拭う暇もないといった様相で、色白の顔は上気して赤らんでいる。なるほど花屋、聞こえは乙女めいているが、たいへんな肉体労働である。花で己を飾っている暇など、全くなさそうである。彼女の仕事への情熱に、花の色に対する以上の感銘を受けた。ぶらり立ち寄った冷やかしのつもりであったが、応援する意味を込めて何か購入しようと決意した。ただ、そうなってみると、買うからには見栄えの良いものが欲しい。空き地にも自生していそうな菊などに金を払うのは、いかにも勿体ないことのように思われたのである。派手なものを選んだ。


「すみません、これを三本」
「はい、胡蝶蘭ですね」
「そうです」
「一万二千円になります」
「あのう、千円で買える花はありますか」
「さあ、菊とか」
「じゃあそれを下さい」


 高い花はとても高いようである。結局、菊の黄色を二本、白を一本選び、束ねてもらった。白が二本よりは色目が派手だと思ったから、黄色を二本選んだ。手際良く紙に包むと、


「はいどうぞ」


 先程までツンとした態度で仕事に打ち込んでいたところに漸くの笑顔を浮かべ、手渡してくれた。


「この菊は、食べられるのですか」
「それはもってのほかですよ」
「ああ、とんでもないんですかやっぱり」
「はは、そうじゃなくて、『もってのほか』って食用の品種があるのよ」
「ほう」
「カタログあるよ、持ってこようか」
「はあ」


 そう云って彼女はおれを横切ると、雑誌を拾いにひゅっとレジ奥の休憩室へと消えた。鼻孔をくすぐる風は少しも汗臭くなく、香水とシャンプーが仄かに匂い、すぐに消えた。淡桃色の紅を空気中にすっと引いたような儚さがあった。


 どんな花より君が素敵だ、心中幾度となく響いたこの言葉が彼女に届いた時、きっと彼女の放水はより綺麗な放物線を描くであろう。そして、この身に更なる水害をもたらしてくれるであろう。


 

思い出し自殺

 増田益男の経歴は、並以上である。現役で早稲田大学へ入学、誰もが羨む名門校ながらも思うところあり中退、その後一浪を経て筑波大学へ転学。在学中からジャーナリズムの世界で活躍し、その傍らミスキャンパスを手玉に転がすなど生活に色を添えることにも成功。卒業と共に大手新聞社に入社すると、程なくしてジャーナリストに転向、理知的で分かりやすい批評はいかにも切れ味鮮やかで、瞬く間に評価を得た。反権力的で正義感の強いその姿勢、それに加えて男前で知的という特徴は女性の心を大いに捉えた。元祖3I(イケメン、インテリ、イノセント)と呼ばれ、一部に原理主義的な支持者を抱える程の、人気者である。


 ところが先日、増田益男は死んだ。都内自宅で首吊り自殺という報道は、一夜にして列島を駆け巡った。享年29歳。普段なら有名人の自殺に対して意見をする側の彼が、今度は論じられる立場となった。遺書らしきものも見当たらず、一切は不明。マスコミは、あの時のあの記事には死をほのめかす記述があるなどとめいめい勝手に騒いでいるが、どれも正鵠を得るものではない。


 そんな中、民放大手の新日本テレビが急遽追悼番組を立てた。テレビ欄には『増田益男氏の友人が死の真相を語る』とだけあった。番組内容は放送日まで完全非告知、そういうわけであるから狂信的なミーハーはもちろん、この日ばかりは普段テレビを馬鹿にしている2ちゃんねらーまでもが固唾を呑んで画面を見つめた。


「今夜スタジオに登場して頂きましたのは、今は亡き増田氏の無二の親友、磯野氏です」


 現れた磯野氏は、暴力団風情である。誰もが一瞬、殺したのはこいつではなかろうかと勘ぐった。彼もまた筑波大学卒業であるという。不穏な視線の磯野氏に飛び交う中、彼は静かに、だがはっきりと、増田益男の死の真相を語り始めた。


「皆さんご存知の通り、彼は聡明で、人の何倍も頭の回転が速いんです。何百もの情報が直ちに脳を駆け巡り、同時に結びつき得る知識によって整理され、解釈される。そういうわけだから彼の頭の中には非常な情報が詰まっていたんです、これがまず一つ」


 会場のアイドル達は、磯野氏の意味不明に、やや閉口した。


「だがそんなことは誰の脳も同じです。驚嘆すべきは、彼の脳が過去の一切を驚くべき鮮明さで記憶に留めておくことが出来るという点です、はい二つ」


「だから彼は色んなことを覚えているうち脳がはぜた、はい三つ、ヒャッヒャ」


 ブラックジョークの得意なお笑い芸人が磯野氏にちゃちゃを入れる。磯野氏は笑うどころか、能う限りの強面でこの芸人に応じる。冗談も分からない奴なのかという空気がスタジオに流れる中、磯野氏の話は止まらない。


「つまり、思い出し笑い転じて、思い出し自殺、これでしょうな。彼はある日、己の痴態を思い出し、リアルに違わぬ恥辱を覚え、死んだのです」


 珍説に、スタジオが騒然となる。


「それは一体どんな思い出でしょうか…?」


 当然の質問を司会が被せる。磯野氏はゆっくりとスタジオ内を徘徊し、先程の芸人の前で足を止めると、壮絶なメンチを切りながら司会者の質問に答えた。


「…あれは高校時代、学内で葉書が大量に余っているとかいう理由で、中学の恩師に手紙を出すという授業の1コマがあったのです。暑中見舞いだったか何だったか、今となっては思い出せません。とにかくそれで、全員が担任に手紙を書いた。…ところが後日、数人の葉書が戻ってきてしまった。住所が間違っていたか、何なのか、今となっては思い出せません。ああ、増田が生きていればもっとはっきり伝えることが出来たのですが…」


「覚えている限りで大丈夫ですから続けて下さい」


 司会者の言葉に笑顔を浮かべる磯野、ところがその発言に頷いた芸人の態度がよほど気に入らなかったのか、更に厳しいメンチを切る。芸人と磯野、お互いの顔面にはもういくらの隙間もない。磯野は続ける。


「…それで教師が一枚ずつ名前を読み上げるわけです。生徒に一旦返すわけですな。それで、後藤、吉田、大塚、アントニオ猪木…ん、なんだこれ誰だ、と、こうなったわけです」


「アントニオ…猪木?」


 司会者が怪訝な顔で磯野に向かって言葉を発する。磯野は無言のままに頷くと、一呼吸置いて言った。


「…そうです、アントニオ猪木とは増田のことなのです! 奴は、中学時代プロレスが好きだった、だから担任へのユーモアとして差出人の名を猪木にした、それは担任と増田だけの知る過去、誰も触れてはならない秘め事だったのです! ところが葉書が戻ってきてしまったがために、年甲斐もなければ聞くだにつまらぬ子供みたいな差出人アントニオ猪木などという不毛の冗談が忽ちクラス中に伝播することとなってしまった! 知的で男前の増田にとり、それは人生の中で味わったことのない屈辱だったはずだ!」


「そ、そんなことが…」


「あったのです! あれこそ彼にとり、万死に値する悲劇であったに、違いないのです!」


 放送翌日、磯野は殺人罪で逮捕された。増田益男殺害を自供したのである。

山梨わらべうた

 七十年前、山梨県西部、山間に一つの村が発見され、民俗学の分野で大いに話題となったことがある。隔絶された土地には独自の文化が備わっており、文豪から観光客まで様々の人の関心がその村には寄せられた。


 ところで、その村には、他方では聞かれぬ一つのわらべうたがあった。地元民に知らぬ者はいないが、うたの由来とその意味を把握する者もまたいないとされているところのうたで、通称『わかかろう うまかろう』というものである。


 一時、民俗学者の間にはこのうたの真意が村民達によって意図的に隠蔽されてきたのではなかろうかとする説が浮上した。残された文献の要所には人為的な添削が見て取れ、家々を巡る回覧板の背表紙には未だ部外者への対処に関するあれこれが大げさな級数で書き記されているが、その態度たるやまるで黒歴史を隠蔽するが如くの秘密主義で、試みに部外者が村民に向かって歌詞の意味を問うても表情を曇らせるばかり、きっと何か重大な真実を隠しているに違いない、こう主張したのである。一つ、その学者の村に対する見解を、文献から引用。


「この村の現状を単なるムラ社会特有の排他的性格として片付けるには、腑に落ちない点があまりに多い。四方を山々に囲まれたこの村が地理的条件を利用して他地域との隔絶を実現し、同時に未曾有の秘密主義体制を敷くことに至ったというのは柳田先生の研究によって今や広く知られるところの事実であるが、この村には何か、もっととてつもない秘密が隠されているような気がする。例えば因習一つとってみても、発見当時において、我々のそれとはあらゆる点で異なっていたことを思い出して欲しい。この村では子供が働き大人が遊び、猫を檻に飼い犬を放していたのである。あらゆる価値観が正反対、他にも丸い田畑など例を挙げればキリがなく、人々はそのあまりの相違にただただ驚いたものである」


 丸い田は高地の棚田、或いは神に祀る作物を育てるための日輪田(ひわた)などが古来より日本に伝わるが、文化的な隔絶の長きに及んだことにより、西洋合理主義の一切に染まることなく近代を乗り切ったこの村は、そうしてデッドスペースの多い円形田んぼを方形に変えることをしなかったのか何なのか、おれはよく知らないが、この学者の主張したいところとて田んぼの形のユニークなどではない。学者は、『とてつもない秘密』の正体を何とかして明かしてみせようと、文中で必死になっているのである。その秘密とはつまりわらべうたの意味であり、そこに隠された村の黒歴史に他ならない。


 ただ、残念ながらこの学者は村への調査を本格的に始めた頃に死んでしまい、今では古書の中で散見する程度の無名の人となってしまった。それにしても、グーグルで調べてもこの件に関する情報が全く出てこないというのは、妙である。なので、このわらべうたを以下に掲載。


 わかかろう うまかろう
 わかかろう うまかろう
 いんしゅう のっぱら
 あなせまく ちもみえず
 ひろがる  のっぱら 
 にょうぼにゃ ひみつ
 わかかろう うまかろう
 わかかろう うまかろう


 初めてこのうたを知ったのは、十九歳の夏、図書館通いを始めた頃である。それは丁度ネット上に転がるロリ画像に着目した頃でもあったから、おれは単純に、『若かろう美味かろう、初潮前で穴の狭い無毛の陰唇、パイパン最高、女房には秘密のペドフィリア』と、幼児性愛を礼賛した歌だと断定したのだが、それではあまりに直截すぎるというか、学者が頭を抱えることでもないように思われた。そこで、二十歳の夏、この村へ行き、真相を突き止めようと考え、旅行がてら一緒にどうだと彼女に提案してみたところ、


「ハァ?行くわけないじゃん」


 そう断られ、一人で行ってきたのである。


 レンタカーを手配し都内から車を走らせること二時間、山梨県に入った。小雨のぱらつく山道は、たちのぼる霧いかにも目に白く、山々を縫うように続く道には一切の車の影もない。旅館への地図はやや詳細に欠けていたので、旅館の裏手に広がる葡萄畑を目印に探そうと思っていたが、どこもかしこも葡萄畑という山梨の現実に方向を見失い、車を停めて通行人を待つこと四十分、収穫し終えたデラウェアを箱に詰めた荷車を押す中年女性に宿の場所を聞くと、小銭でその葡萄を購入し、ハンドル片手に食い食いしつつ再び車を走らせた。


 宿に到着すると早速彼女に電話、留守電だったので葡萄の美味しかった旨を吹き込むと、カルキ臭の強い天然温泉に身を沈め、部屋に戻り例の文書を開いた。学者の記述を読み込むに、この宿からあまり離れていない場所に例の村はありそうだった。雨足から空色から何もかもが白い景色を眺めつつ退屈を覚えていたらいつの間にか眠り込んでいて、気が付けば晩飯の時間となっていた。旅館の婆さんが食事を支度してくれたので、ついでに村のことを聞いてみた。


「◯◯村知ってますか?」
「…」


 耳が遠かったようである。


 明くる日、朝食も早々に切り上げるとおれは例の村へと向かった。道中では、例のわらべうたのことを常に考えていた。果たしてあのうたが意味するところとは一体何であろう、知る者には祟りがあるといった類いの禁忌なのだろうか、或いは本当にムラ社会の暗部が仄めかされているのだろうか…。小児性愛を意味しないにせよ、日本人というのは元来言葉あそびが好きな人種であるから、きっとアナグラム(暗号)的な手法が用いられているに違いない、だとしたら次のような解釈はどうであろう。頭の中のもう一人の自分と対話をしながら提案してみた。


 わかかろう うまかろう
 若、家老 馬、過労
 いんしゅう のっぱら
 殷周   野原
 あなせまく ちもみえず
 汗間なく 血も見えず
 ひろがる のっぱら
 広がる  野原
 にょうぼにゃひみつ
 女房にゃ秘密
 
 
 若者が家老となり、馬が過労に至っては国も滅びること必定、栄華を極めた中国の殷や周も野原と化し、今では血も汗も流れぬ荒涼とした大地があるばかり、形あるもの全て滅びる、しかしながら女房にはこんな悲惨な現実を伝えるわけにはいかない、何故なら女性は厳しい現実を向けられるとヒステリーを起こすから…。


 祇園精舎の鐘の声
 諸行無常の響きあり
 沙羅双樹の花の色
 盛者必衰の理をあらわす
 おごれる人も久しからず
 ただ春の世の夢のごとし
 たけき者も遂には滅びぬ
 偏に風の前の塵に同じ


 と、平家物語にも似た寓意を見出すに至っては、脳も斜め上に冴え渡り、まさかこの村の民の先祖は中国人なのではなかろうか、その故他の山村とも交わることのない要害めいた土地に根城を置くことで独自の文化を守っていたのではなかろうか、そう考えると彼らの価値観の相違なども説明がつく…。などと殷周伝説を読みかじったがために『いんしゅう』の語句を恣意的に解釈しながら次々と肉付け、しまいにはトンデモ論めいてきたがそれでも当人はすっかり得心し、彼女に電話をしてみたが、またしても繋がらず、ついに分かったかもしれんとだけ留守電に残すと、そうこうしている間に目的地に到着した。


 丸い田畑もなければ猫も散見出来、あまねくの犬が鎖に繋がれているその村の有様は、固有の文化を既に捨てたものと見て良さそうだった。「犬は放っても勝手に戻ってくる。猫はいけない、あいつらこそ人の心を踏みにじるから檻にでも入れておかないと」や、「子供の頃なんてバカで何も分からないくせに体力だけは人一倍あるんだからせいぜい働けば良い、それよりも分別のついた三十過ぎから遊んでいたほうが余程人生楽しいだろう、何でもお楽しみは後のほうが好いに決まっている、前二十年の繁栄を糧につまらぬ労働に残りの人生を捧げるなんてのはバカのすることだ」の如き突き抜けた思想に触れることの出来るであろう体験を期待していたおれとしてはやや閉口であったが、それでもわらべうたの意味を聞くべく村人を回った。


 小学生くらいの小僧に遭遇したので、早速わらべうたに関して問うてみたところ、


「何それ、知らん」
「そんなことあるか、ほら、わかかろう、うまかろう」
「知らんものは知らん」


 隠してるようにも見えず、さては本当に知らないのかと諦め、続いて声を掛けたのは、七十代位の老人。こちらは、年齢的にも知っているだろうという確信があった。してみたところ、


「煙草くれ」
「メンソールですが」
「いいよ」
「それでわらべうたなんですが」
「ああ、あれか。昔は幼女を買うのが当たり前だったんだな、この村では」
「盛者必衰の理をあらわしているのではないんですか?」
「何を云っているのか分からん、幼女だよ幼女」
「…どういうことですか?」
「だから、
 わかかろう うまかろう
 若かろう  美味かろう
(若ければ若いほど美味い)
 いんしゅう のっぱら
 陰周    野原
(陰唇の無毛)
 あなせまく ちもみえず
 穴狭く   血も見えず
(生理前の狭い穴)
 ひろがる  のっぱら 
 広がる   野原 
(つるつるのパイパン)
 にょうぼにゃ ひみつ
 女房にゃ  秘密
(女房に秘密の楽しみ)
だよ。分かった?」
「…」
「もう一本煙草くれ」


 未知の文化を発見、研究したのが文明なら、それによって文化の交流を促進し、個性を潰し画一へと導いてしまったのもまた、文明なのであろうか。書物で読んだ村の面影残すところ微塵もなく、あるのはただ平凡な村と、神性の取り除かれた因習の残骸であった。あけすけな民間伝承に、神など宿らない。歴史は浪漫に留めたほうが良いものもあるのだろう…。帰り道、一人車を走らせそんなことを考えていると携帯電話が鳴った。出ると彼女で、


「どう?分かった?」


 いつになく弾んだ声に、さてはなんだかんだ大学生なりの知的好奇心はあったのかなどと感心していたら、


「帰りブドウ買ってきて!」


 の自己主張。少し苛つくも、じじいにあげた煙草が最後で一服すら出来ないという有様だったのである。

 

ぞっとしたい女

 ここに、容姿は可憐、性質は内気という女がある。名をミヤ子という。大学一年生、田舎から上京したミヤ子は、入学早々から、男達の求愛を絶えず受けてきた。誘われる男ことごとくに同意し居酒屋へ帯同、酩酊に伏すと男の自宅に連れられ、そのたび肉体関係を持った。ここ半年で実に十八人を数える。


 傍目には自己主張の出来ぬ女が男達の肉欲の餌食となっている哀れな様となって映るが、実はそうではなくて、ミヤ子は、性欲の並外れて強い女であるから、むしろ望むところなのであった。というのも、何を聞かれても意味不明にアウアウと狼狽するのが常のミヤ子であるから、意中の男に声を掛けるなどまず不可能、どこまでも受け身に男からの提案を待つ他ない。幸い、ミヤ子は色白の低身長に猫っぽい顔立ちと、男受けする容姿であるから周囲からの提案の枯渇に悩むこともなく、ここまで順調に布団に滑り込むことが出来ている。


 とはいえ、どんな男と寝ても良いという考ではない。ミヤ子は、口にこそ出さないが、不細工の男をたいへん嫌悪している。汚らしい人間はこの身体に触れてくれるなという強い意思を備えている。これまでのところ、ミヤ子の際立って可愛らしいその容姿が、かえって不細工の男の近寄らないという方面に作用しているから、そのような目に遭わずに済んでいる。彼女の容姿とその振る舞いが、(こんな可愛い娘、おれじゃあ無理だろう)斯様な戦う前からの敗北感を、恵まれない男達に植え付けるのである。


 このようにして日々男を貪り喰らう隠れ色情狂いのミヤ子であるが、最近では新たな欲求不満を抱えている。それは、男達の技の稚拙である。


 ミヤ子には独自の論があって、即ちそれは、女体とは部位すべからくして性感帯である、というものである。まず唇を奪い、次に胸、しまいに穴と、互いに知り合いでもない男達みなが揃いも揃って行儀良く上から下へと肉欲の発露を体現してゆくさまに、閉口しているのである。


 ミヤ子は一時、これは編集作業を経てパターン化されたアダルトビデオの見過ぎなのではなかろうかと考えた。刷り込みの末、知らず知らずのうち男達は作品のセックスを最善と考えているのではなかろうかと推量したのである。ところが、新たな発見に伴い、それはどうも違うらしいと考えるに至った。その新たな発見とは、男達の性交中の提案の画一を理解するにつけミヤ子が気付いた、云わばこれもまたミヤ子独自の論ではあるが、本人としてはそれなりに的を射た気になっているもので、つまり、


「ねぇ、(チ◯ポ)舐めてよ」


 という、男達毎度お馴染みの発言から明らかになった『男性の性感帯への無知』である。お前ら、チ◯ポチ◯ポとうるさいが、性感帯はそこにしかないのか、射精すればそれが全てなのか。口外こそ決してしないが、口内に白濁の液体を受け止めるにつけ、このような考えを抱くに至ったのである。


 そう考えると、性交の単調もしぜん、明らかとなってくる。たしかに射精以上の快感はないかもしれないが、男達だってきっと他にも責められて嬉しい部位はあるはずである。溜めあってこその爆発力、いつだって歓喜は忍耐の末にもたらされる。にもかかわらず男達は、どうしてこうも性急なのか。きっと、責めの多様のもたらす悦びを知らないに違いない…。


 と、一人よがった理論を構築してみたものの、所詮ミヤ子は物云うことも出来ぬ明治百年の女、男の前にあってはそうした想いを露とも示すことはない。であるからこそ、男達の日常仕草の様々を、それと悟られぬよう勝手に利用することで己の性感帯を大いに刺激しようと、やっきになっている。


 男の鼻息などその好例である。ミヤ子は性欲過多であるから日々講義の折にも頭に巡るは性交描写、(それにしても顔面の何と性感帯の集合であるものよ)などと夢想しては悶えている。


 目に吐息 
 耳に囁き
 鼻の息
 口の舐りに
 顔の赤らむ


(舌の絡み合う口づけや、囁き声の耳に降り注ぐことの快感は云うに及ばず、目を瞑った際、まぶたにかかる鼻息のこそばゆさと云ったら格別、湧き水の溢れるを止めることなど一体誰にできましょう、それとも貴方が塞いでくれるのでしょうか)


 などと、縦読みをも欲張った挙げ句に出鱈目な短歌をしたため更にはそこから読み取れないほどの都合良い脚注をノートの端に書き殴っては、いざ男と寝る段に至れば、自分の目に相手の鼻息のかかるくらいに位置を取り、向き合い、退屈な話を聞くふりをして、全神経を閉じた瞼に集中させ、勝手に濡れるのである。

 
 

ねむいひと

「頼む、寝させてくれ」


 一人暮らし、無趣味、週末の予定なし、男。日曜の昼下がり、布団に輾転としながら、誰に伝えるでもないが、みんなに聞いて欲しくもある、誠実の糸と怠惰の糸とによって紡がれた、見苦しい言葉。


 寝れば良いのである。誰が何が睡眠を阻害するでもない。日曜、制約される懸案の何一つない日。男は自由である。それも、彼女なし、守るべき何者をも抱えぬ身。量に人一倍自由である。但し、金その他特筆すべき何物をも持たぬ自由であるから、質に空しい自由ではある。


 午前九時に目を覚まし枕元の携帯電話を手に取り仰向け姿勢で昨晩のメールの続き、そのうち気になる梅雨空に蒸れた部屋の空気、いれかえるため今度はうつ伏せになると二歩ばかりの匍匐前進から窓の開放。まだ布団から出てもいないのに、既に二つの肉体的行動の成果がある。心の浮沈に至っては、好きなあの娘からのメールかと思ったら出会いサイト五件の実際に始まり、温度の不快、後に待ち受けている洗濯掃除振込作業の煩雑を思う億劫など、起床一分にして激動である。男は、これから待ち受けているであろう義務の嵐を思うと暗鬱で、充実の休日を頭に描くこともままならない。とりあえずは一番辛くない作業、朝勃ちに対する然るべき処置、に従事する。そうして二度寝、目が覚めると午後三時を回っている。


 さて、亀頭も拭いた。それにしても男にとり、起き上がるということは、一つの決断である。室内を二足で歩行することは、勇気を要する行為である。四足歩行の猿人にあって二足を先駆けた、進取的な古の蛮勇を、日々その脳に覚えるのである。何せ男は、是非とも起きたくないのである。布団の中に包まっているだけで地中に数年を過ごした後に劇的なメタモルフォーゼを遂げる蝉よろしくの人間ならば良かったのにと、妄想仕立てに念ずる思いは最早患いにも近く、しかしながらそのようにして形而上に彷徨う間にも痛くなったり減ったり、そして近年においては主に出っ張ったりの腹が、便所と飯屋の往復を強制する。こうして、起きたくないと考える精神とは裏腹の能動たる肉体からの要請に応える形で、男は渋面ながらも布団を出るのである。


 布団を出るのであるが、面白みのない飯を食い、その割に予想外に辛(から)い糞に肛門を痛め、以てそれを今日一番の面白い出来事とし、退屈潰しを退屈のテレビに委ね、気がつけば二十四時を回り、八時間後には仕事が待っているという現実に、男は唖然とする一方で、またかと絶望する。このデジャヴは、毎週末のお決まりである。


 そこに至り男は、週末に蔓延る『ねむい』という感覚が何も睡眠に限ったことではなく、万事においてうすぼんやりした現実、無味乾燥の草食めいた己の人生に対する感想であることに気がつく。人の一生とは果たして、こうもだらだらとしたものであろうか、武将、博士、アスリート、あらゆる偉人が揃って自分よりも若い年齢になってしまった。何事につけても始めるのに遅いことはないと人は云うが、自分に限ってそれはないような気がする、何せ向上心がないのだから。おぼろげながらも、心切ない未来が見えてくる。壮絶な艱難辛苦を味わうわけでもないが、酒池肉林の宴に身を投じるような出来事もないであろう人生が、ありありと眼前に映し出されるが如く容易に、予想される。


 さりとてそれを、悲観するわけでもない。男はただ、眠たいのである。

人格透過

 無職のひきこもり、本田本田男三十六歳は、高度に政治的な思考を絶やさない人間である。彼が自己表現の舞台をウェブに定めたのは六年前、コピー会社をクビとなり、万事に絶望、五里霧中となった折に、そんなら実家へ帰ってこいよという父の言葉に端を発して以来である。自室に閉じこもり、広く世界の文献を深く古代に遡っては精読することを人生とする彼は、その博識を、ウェブにテキストで起こすばかりでなく、七十にも届く両親に日々発露することでようよう自尊心を保っていた。両親がワイドショーに感心しようものなら、こんな湾曲した報道ばかり浴びていたらば、そのうちワイド脳になってしまう、ワイドとはいえナロウだが、などといった笑えない洒落を、米粒と共に毎朝晩に及んで飛ばすのである。両親は、息子の雑多な知識に、はじめこそ感心していたが、六年間も引きこもりの実際を目の当たりにするうち感嘆も悲嘆へと移ろい、毛髪も後退し、遂には先日、揃って昇天した。そんなわけであるから現在、本田本田男は、実家に一人で暮らしている。


 二人分の遺産と保険金を得た彼は、かくして一生働かなくとも良い人間となった。引きこもりから、潤沢な資金を武器に本を女を欲しいままに工面することの可能な、高等遊民へと変貌したのである。


 ある日彼は、普段軽蔑してやまないテレビを眺めていた。すると、中田英寿という男の、世界を旅するドキュメンタリーが始まった。東西の遺跡をはじめ、第三世界のあれこれを放浪する中田、彼はサッカーにおいて偉大であるためサッカー文化の伝わる国では非常な有名人である。実に多くの人間が彼に声をかけては、きらっきらの瞳でサインを求めてくる。ミラ・ジョヴォビッチとハグをすら交わす光景に、本田本田男が思わず「がおー」と叫んだところで、中田がこんな発言をした。


「俺が偉大なんじゃない、サッカーが偉大だから、その中に生きていた俺が、結果的に皆に知られているだけだ」


 斯様な台詞を聞くなり、テレビを消した本田本田男は、その後布団に潜り読書を始めたが、鼻持ちならぬ中田の姿が未だ脳裏を泳いで仕方ない。そこで、持ち前の高度に政治的な思考を働かせつつ、己と中田の差異を考証してみた。彼の意見は、以下の通りである。


(彼の発言を聞くにつけはっきりしたのは、彼の意志とは詰まり、富める国と貧しき国との絶望的な温度差、環境問題、その他地球規模に生じている様々なマクロな問題をミクロに分解して理解し、その上で、何をすべきかということを、大衆に提起することである。つまり彼は、自身が世間からの注目を集めているということを自覚した上で、自らフィルターとなりては、世間に現実を見せる役割を、蒙昧なメディア一般に代わって、果たそうとしたのではないか。これは、U2のボノ然り、オザケン然りの方法論である。ただ、彼らのそれら問題に対する見解が、私よりも聡明であるとは思わない。彼らはあくまで紹介者である。具体的な方策など、別になさそうである。訴えること、自覚させることのみが彼らの意図であるように思われる。であるからして、彼らの行動を評するにあたっては、啓蒙への切り口としては非常に良いし評価に値するが、それを以てインテリを気取るなという言葉を与えたい。何故なら、彼らの意見そのものは、往々にして稚拙であることが多い。私の意見を彼らと純粋に対峙させた場合、きっと私のほうがより高邁で崇高な某を、言えるはずである…)


 聡明を自認する本田本田男のひり出す論理は、聞くだに悲しいものであった。望むべからざる己の匿名性、社会的注目度の低ささえ取り払えば、きっと中田より凄いという、救いようのない意見を念仏よろしく唱えることが精一杯の大脳の結果なのであった。千原弟なんてつまらん、俺の方が、などと肥大した自意識のみで論ずるのと等しい不毛である。己の求心力を備えぬ理由を鑑みない本田本田男は、そうして今日も、古今の書物に目を通し、それが智慧の全てと言って憚らず、その割には誰にも需要のない退屈なホームページを更新し、以て生き甲斐としている。


 今や、あらゆる表現活動の一切は、その人物像の見えることによってはじめて認知され、評価の対象となり得るのである。それは、文字社会が映像社会へと変遷してゆく上での必然であり、透明人間の備える秘密匿名性の価値は、氾濫するブログやら何やらによってすっかり駆逐されたと言って良い。家畜人ヤプーはもう、流行らないのである。可視的なものへの無条件的好意の氾濫、これがため、お笑い芸人の私小説はますます棚に平積まれ、ロラン・バルトはますます奥へと干されてゆく。ことに文芸において、この流れは顕著なのである。まずは有名たれ。それから本を書けというのが、ここ最近の時流である。本田本田男の無名、且つは無職の引きこもりである実際を見るにつけ、彼が能動的に有名への意志を備える人間でないことは明白である。とはいえ彼も、売れっ子への欲望は抱いている。それはむしろ、能動的な人間を超える程である。それがため彼は、ウェブの海原に釣り糸を垂らしては、敏腕編集者が食いつくのをただひたすら待つのである。究極の受動である。先天的失恋症にも似た、悲劇である。


 嗚呼、彼の人生に幸あるなし。

文語に挑戦 梅見奇譚 1

 梅を見たいと娘の言うに、たまの休日寝かせてくれよと、父の言い分もっともなれど、娘のだだ言(ごと)猛烈なれば、折れてしまうが親心、腰の重きをようよう上げつ、はいよと頭を撫でたれば、梅より紅き娘の顔も、怒り沈みて尋常に戻りぬ。

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