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  • 2015.10.23 Friday
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strange kind of woman

 重い腰をようよう上げてアルバイトを始めようかと思ったのは三年まえにも遡る。それから、頭ではわかっているが本当に始めるには至らず、犬にかけてあった保険金に手をつける日々である。金がなくなれば保健所から犬を連れて来て、友人の勤めるペット保険屋へ話をつけて、そのうち風呂に両脚を掴んだまま頭から漬込んでしまう。当面は食い扶持に困ることもないのだが……。


 なまじ賢しいため、職場で遭遇するであろうさまざまの面倒事が始める前から予見されて、そういうものがいつでも私の決心を動かないほうへと固めた。この職場ならどうだ、ダメか。ではあの職場なら……やっぱり無理だ。将棋の達人は盤を頭に浮かべて指せると聞くが、私もまた、頭の中で労働をシミュレートすることが容易い。私の中に描かれる障壁のうち、少なからずは大抵の人々にとっては取るにたらぬことかもしれない。それでも私にとってはあらゆることが不安の種で、なぜなら働いたことがないのである。



 私が働きたくないという考を確かに抱いたきっかけは、友人の姉だった。彼女は高卒で地元のスーパーに就職し、まだ十分に美しいにもかかわらず中年女性のパートに混じって総菜コーナーの裏方を担当していた。日がな、生食で出せなくなった古い食材を揚げてばかりいたのである。


「アジフライが美味しいよ!」


 友人の家で彼女と顔を合わせるたび、いつでも私にそう云った。


「おまけもするからさ」


 両親が旅行で家を空けた晩、そういえばアジフライだったと彼女の言葉を思い出した私は、閉店間際で客もまばらのスーパーへ足を運ぶと、総菜コーナーへ向かった。レインボーのアイサレンダーがスーパー特有のピンポン音源で響いていたのがなぜだか妙に記憶に残っている。レジを通せば半額の五十円。親から貰った千円の大半が手元に残った。


 帰路、シールの貼られたアジフライの入ったビニール袋を、人差し指を軸にくるくると回していた。電柱の高いところに設置されたほの白い街灯を受けて長い影を路面に落とす女性が前方からやってくる。友人の姉だった。


「こんばんは。あっ、アジフライ」
「安いんですね」


 そういえば、彼女はおまけがどうとか云っていやしなかったか。休みの日に買ってしまったのが残念だと、そんな話をした。


「おまけ、欲しい?」
「何か、くれるんですか」
「タダじゃないんだけど」


 タダじゃないおまけとは一体、私は彼女の意図を理解しかねた。


「ようするに、」


 スーパーで働いたところで給料に多くはのぞめない、とはいえ手に職のあるでもなしさりとて特別の夢があるでもない。そんな退屈な私ではあるがやはり十代後半となれば物欲だけは一人前で、手っ取り早く金になる話があるのなら是非とも甘んじたい、彼女はそう云うのだった。


「この先の公園に障害者用のトイレがあるから」


 道すがら、どちらともなく星を見上げて、月が満月のようだが少し欠けている気もする、満月はもっと大きい、距離は変わらぬはずなのにどうして色のみならず大きさまでもが違うのか、あれの理屈が分からない、そんなとりとめのない弁をぶっていればさすがに公園は近かった。園内に人気はなく、大きなクヌギの下に薄い光の灯るコンクリート造の四角い寂しい建物が便所だった。身障者用便所入口のバーハンドルを横に引くとドアのアルミレール上を流暢に滑ること、音すらほとんど立たなかった。そこには幸い乞食もおらず、内側から大きな丸いこれまた障害者でも簡単にロックできるよう設計されたサムターン式の錠を下ろした。彼女は私を蓋の閉まった様式便座へ座らせると、汚いであろう便所の床へ両手をぺたりとつけて、勢いよく両脚を空中へ投げ出した。倒立気味にのけ反ったかと思えば両脚の速度は寸分の衰えを見せることなくそのまま私の両肩へと膝から強く落ちてきた。ロングスカートの奥のほうに、筋が見える。


「はい、950円」


 蓋し商売とは両得であれとは聞くより悟るが早かったか、彼女はそのようにして銭を稼ぐことを思いついてからは、毎晩のように身障者用の便所でフランケンシュタイナー気味の動きを繰り返しているらしかった。弟の友人である私は特別に安い、さりとて触らせるでもなしあくまで見ること以上の得を相手に与えないからには総じて客単価は低い、だがそれ以上は私の矜持が許さないとそんな内容の言葉をつらつらと並べた。処女だったのである。


「アジの開きも股の開きも一緒よ」
「そうかなあ」


 時を経て、両の肩に打撃を受けすぎた今、私の腕は胸より高く上がらない。だが、生きるべき道は彼女から教わった。保健所に入る犬は、どのみち死ぬのである。どのみち死ぬものを利用して稼ぐことを非難するのなら、その対象は医者でもあり製薬会社でもあるべきで、彼らに『延命への貢献』なる弁護が立つとなれば、いよいよ私は『保健所にいるよりは私に引き取られたほうが長生きができる』と応える。


 決して変わらぬはずだのに、どうして月の色や形がいっこう変わってしまうのか。故に私は働かない。




 


 


 


 

 


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  • 2015.10.23 Friday
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  • 23:02
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コメント
この感じを待ってた
  • あかさた
  • 2013/05/29 10:41 PM
あかさた様

僕の紡ぎたい言語は社会への疑問であり現実に対して感じる齟齬への表明であって、そこには反社会性と同時に社会に受け入れられたいという感情の入り混じる乙女心があります。

ないことをあるかの如く、あることをないかの如く、そのようにして書くことによって思想の片鱗を滲ませておきたいと、そのように考えています。今回においては、犬とか無職とかどうでもよくて、ただ筋を見たい気持ち一心で、肉付けしたらこうなった次第です。ゆきこう人もまた旅人なれば、コメントありがとうございました。
  • 本人
  • 2013/05/30 10:36 PM
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