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チラシ、さもなくばチラシの裏

 インターネットは自由な空間だが、夥しい情報のうち八割程度が広告だろうと私には思われる。わかりやすく商品を紹介するものから陰謀論を提唱するものまで、とにかく何らかのベクトルを受け手に与えるという意味での広告が、ネットには巡らされている。


 私はこの身に限られた文才をなお削り落とすが如く他愛も無い提灯記事を雑誌にもウェブにも書きまくっているが、そのうちにはステマと呼ばれているような類いのものもある。書く側にしてみれば商品名を記載する点からしてが噴飯で、機能からメリットから何から、これ以上ないところまで丸出しなのだから、ステルスという語句には非常な違和感を覚える。本当にさりげなく紹介したいのなら、名前すら伏せるべきである。だが情報弱者や知性に欠ける人のみを狙い撃ちせねばならない広告においては、曖昧な文学性など不要なのだった。広告に感性を授けるのはコピーライターの仕事であり、そこにのみ詩心は許される。私もどうせならコピーライターをやってみたい。


 テレビもネットも、基本料金さえ支払えば見放題という実にわかりやすいユーザー優遇の背景には、膨大なノイズを受け容れることが前提になっている点を理解せねばならない。テレビはネットよりもなお悪辣で、民放を一時間も観たところでその中に知りたい情報は五分あるかないか。わかった上でというか、無駄を無駄として楽しまず無自覚にノイズをすら受け容れてしまうようでは、本当にテレビは人間から時間をいともたやすく奪ってしまう。毎晩三時間も観ていたら、それだけで人生はとても短いものへとなってしまう。毎晩三時間ずつ映画を観ていればひとつの趣味となろうもの、テレビは作り込みが映画よりも甘いだけにそもそも物足りないのである。質として。バラエティで笑いたければ、芸人それぞれ渾身のDVDを観たほうが密度に勝る。テロップと笑い声挿入ありきでしか面白いと感じられないのであれば、それはもう脳の退化である。


 ネットは、検索語句が明瞭であるならば、知識欲と直に繋がるぶんテレビよりは効率が良い。けれども怠惰に流れて関連語句をだらだらと追いかけ始めたらさいご、気付けば空も白けている。夜を締めくくるにふさわしいエロ動画を手早く見つけるつもりが、ちんぽ握りしめたまま二時間も経過していたなどというのは、全世界の男が幾度となく経験したであろう恐怖でありまた、抜きたいのに抜け出せない、毛だらけの不毛である。


 私は、触ったこともない商品を、ポータルサイトや雑誌の編集者が求める程度に記事内で褒め、その見返りに銭を受ける。触ったことのない乳を、どこに用途があるのか知らぬアプリを、宗教がかった思想を、とにかく褒めて銭を受ける。実体験の一切含まれぬ妄想文章がそのまま金となるのだから、こんなに楽なことはない。


 そういう広告か、そうでなければあとはもう私のブログを含む大多数の、つまらなくてしかもどうでもよいが何らかの利益に左右されない自己愛に基づく表現物、有料コンテンツを除けばほぼこれらによって成立しているのがネットであって、チラシかチラシの裏かというのは比喩でもなんでもなくて、実際にそうなのだと私は捉えている。広告の比率は今後更に増加してそのうち誰にも相手にされなくなる頃には新たなメディアが発生しているのであろう。新たなメディアが発生した時には、活字文化も終焉を迎える気がしている。
 


 


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