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  • 2015.10.23 Friday
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思い出総括 トルコ旅行編

 数年前、トルコへ一人旅をしてきた。ドイツのフランクフルトからイスタンブールまでの飛行機は、現地での宿付きで三泊三万円程度だったと記憶している。あちらヨーロッパでは格安の飛行機がたくさんあって、ヨーロッパ圏内ならば三千円前後でどこへでも飛べた。この時トルコを選んだ理由は特になく、むしろドイツ生活そのものが完璧な異文化であったからわざわざ旅をしたい気分ですらなかったが、若者らしくあれと行動を促す上司によって行かざるをえなくなった。消極的な旅だった。


 とはいえ現地に到着すると、ここがケマル主義の国かと少なからずの感動を覚えたのも事実である。少女の割れ目が如きボスポラスの海峡を船でぬけたり、ブルーモスク、アヤソフィア、ドルマバフチェ宮殿、イェレバタン貯水池などといった一通りの名所を三日のうちに巡ったりした。印象深かったのは未だ月の朧な早朝に市中のスピーカーを通して流れるコーランと、イコンとしてこれまた市中至るところに讃えられるアタテュルクの肖像。この二点を以て私はトルコへいるのだと実感した。あとは肉が臭いだとか、鳩が多いだとか、記憶も印象に終始している。


 奇怪な出来事は二日目に起こった。ネットカフェでごろごろした後、飯を食おうとニカの大火を思わせるかのような壮大な夕陽に燃える街を練り歩いていた時のことである。いかにもトルコ人らしい、ワックスで整えられた短髪に、彫りの深い顔立ちをした、スーツのよく似あう長身で褐色の若い男が私に話しかけてきた。


「日本人か?」
「そうである」


 彼は流暢な英語で、外資エレベーター製造メーカーに働いていることや、日本人を非常に好んでいることなどを話した。つきましては晩飯でもどうかと初対面にも関わらず異様になれなれしい。外国において、観光客に優しい奴は詐欺師である。咄嗟に私は、ははあこれは何らかハメられるに違いない、そう踏んで、喜んで飯に付き合うことにした。


 連れて行かれたのは大衆レストラン風情の店で、現地人から観光客まで層もまばらである。ここは奢るから好きなものを食えと云う。『ここは』という言葉に存外の意味が含まれていたことは後述するが、とりあえず食えるだけ食った。


「美味かっただろう? どうだ、次はちょっと行きつけのバーに行かないか?」
「金ないよ」
「おごってやるさ!」


 と云うので、ここでも私はよし行こうと乗った。連れて行かれたのは大通り沿いにあるバーで、入口を潜ると地下に通された。途中、セキュリティチェックがあって屈強な男に私は全身をまさぐられた後、ようやく店内に入るドアを押した。コの字ソファの並ぶキャバクラのような内観で、奥部には照明の落とされたステージがある。客はまばらだ。席に通されるより早く勝手に座るとメニューがテーブル上に置かれていて、コーヒー一杯八千円とあった。私の動きを見たホステスが、慌てて席へやってきた。


「あなた日本人!? 素敵な服を着ているじゃない」


 とか云いながら光の速さでメニューを手に取ると、それを従業員へ渡す。私をこの店へといざなったトルコ人も、勝手に着席しちゃうなんてダメだよなんぞ云いながら笑っていた。ぼったくりだが、私の察するにはメニューに金額を記載することが法的に義務付けられているか何かするのだろう。或いは、支払いをゴネられた際にお前が見ていないだけだと恫喝を通すための方便に使われるのだろう。いずれにせよぼったくりである。


 目の覚めるような東欧美人に囲まれつつビールを飲むうち、そろそろかと思った私は、便所へ行くと財布からクレジットカードと大きなユーロを取り出して、それらを靴下の中へと仕舞い込んだ。法外な請求を食らえば財布丸ごと取られてしまうのだから、隠すのは当然だ。とはいえ一円もないとなると逆に怪しまれて全身をくまなく調べられかねないから、三千円は残した。そうしてこの有り金で楽しめる限りを楽しむべく、再び席へと戻った。BGMにはホテルカリフォルニアが流れている。いつでもチェックインできるが二度と去ることはできないここホテルカリフォルニアへようこそ。示唆的である。


「お前は楽器とかできるのか? ドラムとか」
「8ビートくらいなら出来るさ、ホテルカリフォルニア懐かしいなあ」


 適当なことを云っていたら、なんとステージの奥からドラムが出てくるではないか。そうして私は軽薄な言葉の代償としてトルコ人のギターに合わせて滅茶苦茶なドラムを叩くはこびとなり、空虚な気持となって席へ戻ると、そろそろ帰ろうかというはこびになって、美女の持ってきた請求書には二千ユーロと記されていた。当時の為替では三十万相当である。


猫「奢ってくれるんだろう、御馳走様」
ト「ちょっと待て……、こんな値段ってあるか?」


 トルコ人は、自分も被害者であるかのような演技を始めた。そうして、申し訳ないが金を出してくれ、なんて店だ畜生、そんな独り言を続ける。


猫「全財産でこれしかないよ」
ト「カードはないのか?」
猫「あるわけないだろう、俺は無職だ。日本では無職になると旅に出る。なぜなら長期休暇が存在しないから」
ト「!?」


 実際私は無職ではなかったが、とにかくそのような話をしているうち、屈強な男に別室へと通された。初老の白人が社長椅子に腰かけていて、ソファに座る私を見降ろすような形で会話が始まると、同時に拳銃も出てきたものだからさすがに震撼であった。全身くまなく調べられたが、靴下の中までは及ばなかった。


「本当に金がないのか?」
「ないです。そもそも私に所持金がないことは彼に伝えてあります。彼が奢ると言ったから飯にも付いて行ったし、このお店にも来たのです。私の旅行は明日で終わり、所持金もちょうどゼロになる程度しか持ってきていません」
「カードはないのか?」
「そもそも作ったこともありません」
「もういい帰れ」

 
 外へ出ると、トルコ人が猛烈な不機嫌顔で私を出迎えた。おそらくこのトルコ人はノルマ制のようなもので雇われていて、客の払った金額のうちパーセントでマージンを受け取るとか、そういう形態なのだろう。


「お前を殺してやるぞ!」


 そう云って二人タクシーへ乗り込むと、どこやらわからぬ方向へ連れて行かれる。道中、本当に金がないのか? こればかり聞くので、何もないの一点張りを続けると、ならばお前が持っているデジカメを寄越せという。


「それは駄目だ、思い出が詰まっているから」


 ふん、という調子で返してくれたから驚いた。と、タクシー運転手に現地語で何やら伝えて、あらぬ空き地に止まった。本当に殺されるかもしれないと心中穏やかならぬ気がしていたが、


「絶対に逃げるなよ!」


 立ち小便であった。私は運転手に向かって、お前もグルなのか? と聞くと、正直に答えるわけもないが違うと云ったので、日本の五百円玉を手渡した。


「だいたい20ユーロの価値があるから空港でもどこでも替えればいい、これで私を○○寺院まで連れて行ってくれないか」


 オッケーオッケーと運転手も調子良く、小便しながら大声で私を引き止める男を尻目に私は危機を乗り切った。ホテル名を伝えたら厄介かもしれないという直感から、土地勘のある最寄りの寺院の場所を伝えたのは我ながら聡明で、無事ホテルへと戻れた。そのようにして地球の歩き方にでも投稿すべきぼったくり被害を体験してきたのだが、もっとも驚いたのは翌日、フランクフルト便へ乗り込んだ時のことだった。


「OH!」


 コーカソイド美女の群れが私を見て驚くので、誰だと訝しがると、他でもない前日のぼったくり店で私にビールを注いでくれた連中で、なぜドイツへ行くのか、店は開かなくても良いのか、よりによって同じ便か、すっかり混乱した。私の隣席二つには人形のように繊細で可愛らしい小学生程度のドイツ娘とその母とが座っていて、このアジア人は何をそんなに驚いているのだろうとおかしな顔をしていた。私はこの怪奇じみた偶然をぜひ伝えてやろうと紙と鉛筆を手にとり、トルコ滞在時の顛末を稚拙な英文で書きなぐると、ちょっと読んでくれろと母に渡した。母はなんたる偶然と興奮した様子でいろいろを私に語りかけ、それにしても無事でよかった、日本人は騙されやすいって聞くから気をつけないとねと優しく、それにしても機内でそんな帽子は暑くないかしらと禿をも労わるおせっかいで、ちょっと貴女も読んでみなさいとその紙を娘に手渡した。娘は不服そうな顔をして読みかけの雑誌を膝に置くと、渡された紙の上に視線を滑らせ、無垢とも無関心ともとれる瞳で私を一瞥、


「ミステリアス」


 そう云い捨てて、もと読んでいた雑誌に再び目を落とした。教育がなってない。


 

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コメント
この一年で読んだどんなルポルタージュよりも面白い。です。
  • もりもり
  • 2011/06/14 1:46 AM
もりもり様

うれしいことばをありがとうございます。大昔のブログでトルコ旅行へ一緒に行ってくれる人はいませんかと投げかけた際に、行ってみたいがトルコは遠いと、もりもりさんがコメントを返してくれたのを覚えていますでしょうか。まさにその時に一人旅をした挙句にこういう目に遭ってきたのです。

最近はまじめすぎるほどに人間らしく生きているので、そろそろまた面白い状況に自分を投じたいと思っています。何か面白い話があったらいつでも提案して下さい。
  • 猫木
  • 2011/06/14 4:33 PM
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