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  • 2015.10.23 Friday
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こころのじゅんび

一、用意周到の男


 会社一用意周到な男が頼まれたのは中国企業への海外送金だった。初回取引ということもあって先方からD/P(documents against payment)を求められたのである。


 昼間の地方銀行は、各社経理風情を相手にするCDの自動音声案内で大いに賑わっていた。みな、行儀良く並んでいる。係員に海外送金の旨を伝えると、順番すり抜け直ちに通される。各窓口担当みな容姿ろくでもない中、マスクこそしているものの明らかに若く美しいであろう女が応対した。こちらに御相手様の御口座等を御記入下さい。いびつな敬語も艶やかに聞こえる。書類に伸びる指のしなやかさに息を吞んだのも束の間、


「しまった、判子と送金先の書かれた書類を会社に忘れてきてしまった。急いで戻りますので、海外送金をするという心の準備だけはしておいて下さい」


 深刻な声でそう云い残して去った。女は眉間を貫かれたような感覚に表情が強張るのを、どうにかマスクで隠すことができた。


(心の準備、か……)



二、対面の男


 女がデスクに戻ると、対面の若い男がにやにや顔で話しかけてくる。


「」
「うん……」


 この男がにやにや話しかけてきたらきっと面白くないことを分かっているので、いつでも聞き取らない。殊に今は、さっきの客が残した言葉がどうも引っかかる。心の準備だけはしておいて下さい。はいわかりました、でもお客様も書類の準備はお忘れなきよう。


「……全然駄目。だって……」
「そうかダメか。なんだ、どうした俺の顔そんなに見つめて。……!?」


 女の視線は、にやにや顔の男一点に注がれている。男の顔がみるみる真剣になってゆく。けれども変化には気付かない。さっきの言葉の本質が何であるのかを解明することに一杯で、視線を置く先を考える余裕すらなかったのである。ボケても冴えなかっただろうけれども、阿呆みたいに硬直したさっきの態度もたいがいだった。心の準備だけはしておいて下さい。これに対する最善は何? 考えるほど、いよいよ難しい。



三、勘違い


「でも由佳子、意外とああいう男が好きなんじゃないの?」


 席に戻った同僚に対して、にやにや男が開口一番放ったのはこういう台詞だった。ところが由佳子は全然駄目と云い、だっての後を濁すと、悩ましい瞳でじっと見つめてきた。沈黙こそ真実を雄弁に物語る、そう思えば由佳子の態度から推察するには、だって貴方のほうがいい。これしかないように思われた。美人の予期せぬ打ち明けに、にやにや笑いはぴたりと止まって頭の中では早速妻になっていた。


(心の準備、か……)



四、大団円


 二年後、にやにや男は晴れて由佳子を嫁にした。






 
 
 


 

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