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  • 2015.10.23 Friday
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観劇

 メガサイズガンダムとシャアザクを作り終え、ひさびさ外に目を向けると演劇へのいざないがあった。演目はドンファン、スペイン人ドンファンはイタリアのカサノヴァ日本の在原業平と並んで知られる稀代の好色で、古典主義劇作家の雄モリエールのドン・ジュアンが殊に有名だが、そのくせ実在しない。人々の願望を満たすようよく練られた人物は個人の脳みその中で発展を続けるから、なまじつまらぬ人生を送った人よりも後世に残る。


 ドンファンは、散々の女をやり捨ててほうぼうから呪詛にも等しい恨み節を浴びつつしまいには地獄に引きずり込まれる。ごくありふれた勧善懲悪のようでありながら、そうではないと思った。人妻をやたら寝取るドンファンを否定するのなら時間を割くべきは地獄に引き込まれた後、苦しみに悶える姿だが、そうなってはおらず女がドンファンの一言一句に心ほだされ恋に溺れる場面ばかりに情熱が注がれて、結末は実にあっさり描かれている。私はドンファン物語にまつわる時代背景をまるで知らないけれども、恐らくはうるさい当局に対する申し訳としての地獄オチではないだろうか。中年の安らぎたるゴシップ週刊誌が、児童買春の顛末を扇情的に詳述した挙句、けしからん事件だと怒っているフリをするのと似ていると思った。ポーズだけでも良識人ぶっておけば、模倣犯が出てきたところで知らん顔できる。

 
 今回は仮面演劇だったが、表現において『過剰』を理想としない私は、演者の親切すぎる身振り手振りを肉体の躍動ではなくにこにこぷん的な諭しと捉えてしまって、そこまで教えられねばならないほど観客は鈍感じゃないよと興の醒めた部分ややあった。ダウンタウン以降の日本人は、察する能力に関して並ならぬところあるので『次、面白いこと起こりますよ!』とニュアンス的にはこれに近い前フリをされたら、最低でもレッドツェッペリンが乱入してこないことにはまるで納得できない。苛烈な自己責任論は、期待に応えられないオチなら披露しなくてよろしいという非常にストイックな、加点よりは減点方式に基づく現代笑い道にも通低しているので、人間を後ろから蹴り飛ばしたら面白いシーンのような風化した記号論は通用しない。寒気すらする。我々は感性を欺いてまで権威にひれ伏すような態度はとらなくてよいと松本人志に教育されている。ですから演劇には悲劇しか求められないかもしれないというのが私見。悲劇ならば安心して観られる。悲しみは笑いほど時代に左右されていないから。もっとも、今の松本人志はかつてああはなりたくないと自らが否定しまくった人物像にどんどん近づいているようで、何とも言えない。


 ドンファンつながりで恋にかんして言えば、捨てられるほうに悪しきところある場合もままある。ふられる側がいつでも弱者であるとはこれ強烈な思い上がりで、わんわんうるさい蠅にしろ、ただ周囲を飛ばれるだけでどれだけこちら不快な思いをしているか、気がつかない。さよならを言われ失恋に落ち込む人間を励ます楽曲の数はもはや無限に近いが、まっとうな理由から別れを切り出した側を鼓舞する楽曲があまりに少ないのはどうしてだろう。いやミスターチルドレンが歌っていたかもしれない。だとしたら、この説は全部撤回。


 

 



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