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  • 2015.10.23 Friday
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恋人と読みたいクリスマス掌編

 次郎太が中野へ戻ったのは、約束を三時間も過ぎた午後十時のことだった。常より明るい駅前ではあるが、クリスマスイブということもあってこの日は赤と白との電飾が殊に鮮やかで、恋人たちの瞳をきらきらと輝かせていた。人混みを掻き分け路地裏の飲屋街を抜けると、人気もまばらに風がいっそう冷える。五分も歩くとようやくアパートが見えた。再三のメールや電話にもかかわらず何の返信もない夢子の態度から、もしや怒ってどこかへ行ってしまったのかしらんとする次郎太の心配は、二階建てのアパートのうち角に位置する自室の照明が落ちているのを見るといよいよ高まって、彼を一層焦らせた。


 築五十年、鉄製の階段が次郎太の駆け上がる速力にぶるぶると震えながら、喧しい音をたてる。あまりの激しさとその速力にアパートの住人の中には、誰かが上から転んだのではないか、そうしてそれが女性ならサンタの贈り物に違いないと期待まじりにドアを開ける輩すらあった。


 果たして次郎太がドアノブに荒々しく鍵をねじ込み扉を開けると、夢子の靴はそこにある。履き込んだ内側が黒くなっているから見苦しいというのもあって今年のプレゼントは靴にしようと思うに至ったいつものヒールである。細い廊下が三メートルも続くと引戸の向こうに八畳間がある。次郎太は電気をつけてもまるで人の気配のないことに不審を抱きつつも、寝ているだけかもしれないと一旦は解釈したが、それでも引っかかるところあって台所の包丁に手を伸ばした。冷えたビーフシチューの入った鍋、シチューを盛るための大きな白い皿が二枚置いてあって、これは二人で食べるはずだったのにと早くも泣けてきた。次郎太の想像は万事につけて悲観的な方向に及ぶのが常で、彼の中ではもう、夢子は引戸の向こうに惨殺されていることになっていた。


「今、日本にいるの?」
「オー家ー」


 電気をつけ、戸に手をかける。勢いをつけるためにと叫んだのは、二人の昔のメール問答。そうして次郎太は腰を抜かした。部屋の真ん中に大きな木棺が圧倒的な存在感で君臨している。ちゃぶ台には見慣れぬ鍵があって、どうやら木棺にかかった南京錠をこれで外すらしい。あからさまに死と直結した装置の登場に、次郎太の禿が進行した。


(仕事が遅くなったからってこんなことあるかよ……)


 次郎太は、恋人が殺されたらしいと警察に連絡を入れてパトカーの到着を待った。十分としないうちにどやどやと四人の警察が現れて、救急隊も二人駆けつけた。ただならぬ騒ぎに隣室そのまた隣室更には階下の住人までも、部屋の入り口に押し寄せた。


「帰宅したら木棺がありました。僕はまだ中を見ていません、辛すぎてみることができません……」


 何故木棺があるのか、何故通報者は開ける前から死んでいると断じるのか、犯人はこいつではないか、何故警察がいるのか。抱える不可解こそ次郎太警察見物人で三者三様だけれども解らないという共通認識がアパートに不穏の空気を醸す。いよいよ警察が鍵を開けると、中の女と目が合って、思わず叫んだ。死人と思ってその実生きていたら、その恐怖は逆の何倍ともなろう。ついで、夢子も叫んだ。次郎太は、何が起こっているのかさっぱりわからなかった。


 夢子の強い口調のもと、警察と救急隊は帰らされ、住人も警察に促され、蜘蛛の子の散る如く次郎太の部屋には静寂が戻った。夢子は、次郎太の再三の言葉にも拘らずわあわあと泣くばかりで布団から出てこない。


 ……この日夢子は、かねてより計画していた次郎太へのプレゼントとして自身を装飾したのであった。こう言ってしまうと安い風俗のようだが、金のかかりかたといったら並ではない。まず己をおさめる箱だが、これは棺桶屋の提案が気に入らなかったので知り合いの家具デザイナーに作らせた。通常棺桶にはセンという北海道の広葉樹が用いられるが、夢子はそこまでやってしまうのは不謹慎だと考え、何より棺桶屋の言う材質が気に入らなかった。話を聞くにつけ、どうやら棺桶というのは無垢材ではなく、芯には安い材料を使って、表面にのみセンの化粧材が貼付けられているつまりハリボテらしいことがわかった。これでは重厚感どころか、人間というのは死に際しても虚飾ですかという猜疑が生じるばかりである。そもそもセンの、タモのようなケヤキのような判然とせぬ無個性な木目も気に入らなかった。だから夢子は、腕の良い職人に胡桃の木を素材としてオリジナルの棺を作らせた。オイルやウレタンでは高級感が出ないとわざわざ高価な鏡面塗装までを施して、総額三十万の高級家具である。


 次いで全身の無駄毛処理をエステにて行い、その肌をより美しいものへと磨き上げた。美容院では髪をしなやかに、サロンではネイルをつやつやにして、頭から爪先までぬかりなく整えた。そうして、書家には次郎太の傾倒する伊勢物語の筋を生肌の上に走らせるよう命じた。これは人間が口に含んでも良いたぐいの塗料で、夢子はこそばゆい筆遣いから長い夜のことを期待して早くも身体が熱くなった。


 さてこうして装飾は完成した。棺の内側には深紅のヴェルヴェットが張られていて、そこにおさまる夢子の身体はあたかも薔薇に包まれているかのよう。肌の上には淡い墨色の恋歌が連なり、ふわりと横たわる黒髪が電灯をうけてつやつやと輝く。


 夢子は、是非ともこの愛を次郎太に受け止めて欲しかった。次郎太がこのような要求を出したことこそなかったけれども、この悪魔的な美に、ナルシシズムに溺れて欲しかった。ところがいざ文字通り蓋を開けてみたら眼前には警察がいて、何人もいて、奥からは救急隊員が顔を覗き込んでいて、次郎太は、泣いている。無垢材で作り上げた棺桶は遮音性抜群で、外部に起こった一切は夢子の耳に入らなかった。階段を駆け上がる音も何もかも、いったん友人に錠を下ろしてもらってからはさっぱりわからなかった。


 そうして夢子は、警察の叫びに思い描いていた一切が破綻したらしいと気がつくと、唯美猥雑の世界から現実に頭が戻って、自分の姿がパイパンに全身恋歌の気狂いであることにハッとして、羞恥に叫んでたちまち泣いて、それ以上に次郎太の鈍さと小心とに深く失望した。こんな惨めもあったものじゃない。


「許してあげるから費用ぜんぶ払ってあと婚姻届明日出して」


 次郎太は体重八十五キロの巨女のセンチメンタリズムの暴走に対して、僕は君の形より心を愛しているからこういうことはしないで、とは言えない男だった。そうして総額五十万円と残りの人生を夢子に費やすことになったが、結ばれることは彼にとっても幸せに違いなかった。

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