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桜は咲きながら散りゆく

 殊に女性において美とは比肩するものなき才能で、他には学力や運動神経、家の階級、ユーモア、感性、色々あるが、わけても貴いと私は思う。これが一番評価される。異論は認めない。瞬間的な収入を考えてみれば、美を売り物に風俗業界へ入る生娘たちは、医者やそこらの社長にも劣らず稼ぐ。肉屋で働く娘がただ美しいというだけで国王の側室に入ってしまうのが世の実際、これを才能とせずして何としよう。


 先に挙げた中では、美と運動神経は肉体的特権に属する。どうも我々は、精神より肉体に優越性を求めるきらいがある。客観的評価は銭に求めてみると易しい。たとえば一流アスリートの給料は、トヨタの社長よりも高い。日本を代表するトヨタの社長よりも、日本人を代表して野球をしたほうが銭になる。どうしてか。それは旬の短いためである。


 運動選手や美人は、非常に早い段階での諦観を求められる。有り余る才能に満ちていたはずの身体に、三十路も半ばとなれば恐ろしい速度で劣化が蔓延する。諦めきれるのか? 周囲のセッティングによる涙のヒーローインタビューが必要だろう。自らの意思で才能を放棄するなんて、並大抵のことではない。美人の場合、それはさしずめ結婚となろうか。


 ところが、やはり美の持ち主はそれを喪失したくない。当たり前である。世間では近年、美の敷居を下げることで、みんな美しいよねという方向に進まんとする風潮がある。アラフォーでもこんなに美人、といった具合。励みになるとかならないとか。しかしちょっと考えてみましょうか。


 そもそも美女美男の宝石たるは、その比率の稀なるが故、である。一山いくらの大衆の中にきらきら光る女一人、それがいわゆる美しさ、価値の源である。どんな不細工でも、顔というのは一つの作品だから、それぞれが何らかの公式によって導きだされていることには疑いなく、個々を眺める限りにおいては、それは調和のとれた顔をしている。全員がそうだ。けれども、公式がややこしい。美を備える人の公式は、簡にして潔というか、E=mc2にも似た優雅を醸している。ですから、百人の顔を並べた場合、真実の美というものが果たして何であるかは教えられたわけでもなし、定かならぬけれども、どうやらこれが正解らしい、という顔が傍目にいくつか浮かんでくる。


 そういう優れた構造の顔面が、各世代に存在していて、美人と呼ばれる。で、美容に関するいろいろの発展した現代では、四十路を超えてなお美しいという人間の台頭を、かなりやさしくしている。確かに美しい人もいらっしゃる。けれども、私は男性であるから、年増を贔屓目に見ることをしない。美とは相対的なものではないので、当然、美熟婦人と新垣結衣を比べて、そうして、後者をとる。当たり前である。美人美人と前三十年もの間にさんざ褒めちぎられた人々の延命運動に加担したくはない。そんなものは暴力であり、純粋美を求める私にしてみれば、まるで自然ではないから。強制される美は、美にあらず。本当に美しいものに対しては、言葉などいらない。今時分の毛皮のマリーに美を覚える人があるならば、それは過去を知る者、ノスタルジーの所産だろう。二十年ぶりの同窓会で初恋の人に再会、確かにくたびれてはいるけれども、思い出補正は誰より美しい彼女、というごく主観的な虚像をにわかに作り上げる。色眼鏡とは往々にして、経験の引用だ。


 ばばあの垂れた乳の美しさだとか、美という概念を押し広げたらたしかに美はあらゆるところに散見することができよう。けれども、それかといって美の敷居を低めてゆけば誰もがその恩恵に預かれるというわけでもない。美醜の区別の厳しくなされている世に生きてこそ、美は評価される。年増が美人であることを主張し続けるのは、既得権益を手放したくない役人に似ている。『美』なる観念を未来に存続させるため彼女たちは生まれてきた。同世代に対して、美とは私であると、好む好まざるにかかわらず主張してきたのが彼女たちである。当人の思っているよりずっと広い範囲の男、それは他校すらをも含む、が彼女たちによって思春期のくすぶりを起こし、妻子を持った今も尚、心のどこかに初恋を置いてある。そのようにして美は当事者を元に伝播し、いやあ奇麗な人っているものですな、とこういう認識を植え付ける。もし世の中から美が失せれば人類の日常はマンネリズムに覆われて酷いことになる。美こそが人類のモチベーションである。いったんなくなったら最期、あらゆる芸術は主題を喪失し、芸人はネタ作りを放棄し、大衆はセックスを疎んじる……。


 ……私は美の体現者ではなく観察者であるから簡単に言うけれども、匙を投げても良い時期ってあるだろう。美を備えてきた人は、それを捨てるなんてとんでもない、とこう主張するのだろう。けれども、代わりもまたいくらでも後から続くから、いつまでもきばって体現者でいる必要はないのに、と観察者たる私は考える。いくつになっても美を追求する、この姿勢は何も間違っちゃいないが、これまでと等量の喝采を浴びようと躍起になるうち、知らずサイボーグになってしまった人々を眺めていると、それは強靭な精神というよりはむしろ才能としての美にいつのまにか己を支配されてしまったような本末転倒ぶりが際立つ。


 出社の時間です。
 


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  • 2015.10.23 Friday
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コメント
猫木さん

女性は年を経たら美を放棄したほうが良い、そういうことですか?

ちょっと暴論じゃないでしょうか。他者の主体性にとやかく言うべきではないでしょう。年齢が重なるにつれ、若いだけでは備えることのできない美しさってあると思います。吉永小百合さんとか、猫木さんは美しいと思いませんか? 私にはとても素敵な人ですよ。

あと、結婚が終わりという考えも、ちょっと納得がいきません。結婚を転機に一体何が変わるのか、もしよろしければ解説をお願います。

  • リリー
  • 2010/11/16 12:18 PM
リリーさん

男性の草食化が進み、二次元の劣化しない美に充足を求め、儚いはずの美を卑しめる昨今。反比例するように女性が既存の美を拡大解釈することは、同様に美を卑しめながら、悪循環を形成している。同等に自己満足です。ですから男性の二次元賛美を女性がキモがるように、男性にとっても女性の延命処置はすこぶる気色が悪い。だからそのことを猫木君に問うのはお門違いではないでしょうか。
  • 小平哲也
  • 2010/11/17 12:03 AM
リリー様

―女性は年を経たら美を放棄したほうが良い、そういうことですか?―

そうでなく、少なからぬ女性は、美を放棄するのではなく美に放棄されます。僕は、よほど特別に美しくない限りはべつに年相応であればよいと思うのです。永続しないからこそ美は美足り得るのです。或る人はそれを十代半ばと言いますし、或る人はもう少し広めの年齢を指しますが、記事の主題にもありますように、桜は咲きながら散るのです。永遠に美しかったらそれはきっと、美しくない。

そうして老いは悪いことでもなんでもありません。摂理です。よほど自信のない限りは、若づくりしないほうが、むしろ僕には美しい。たとえば割烹着姿で腕には買い物籠、そんな初老女性は夕暮れの街並みに、風景として美しい。絶対美は異端であり、相対美は調和であります。

美の喪失は異端者の悲しみに他ならず、確かに途方もないストレスであるとは思いますが、あくまでそれは本当の美人だけに感受せられるたぐいのものです。リリー様が憤慨されたのは僕の意見がつまり年増否定に根を生やしているかの如く見えたからでしょうが、僕は、そもそもからしてが年上志望です。ですから年増というものに対する愛情こそあれ、悪意など毛頭ございません。そうではなく、美の定義を改悪し、美でないものも美であるかのように騒ぎ立てる世の中が気に入らないだけです。別に、ブスになれとは一言も申しておりません。無理しなくてもよいよと言いたいだけなのです。


他者の主体性にとやかく言うべきではない、との言葉が出ましたが、リリー様からしてみれば僕の発する言葉はまさしく他者の主体性に基く意思に他なりません。おそらくは真意をひもときますに、いくつになっても女性は美しくありたい生き物なのだから、それを否定するな、というような意見でございましょうか。それは僕、千も万も承知でございます。けれども、昨今の化粧品CMなどを見ておりますと、六十代でも肌がつるつる、などありまして、僕としては原爆大の(それがどうしたってんだ……)という吹き出しが頭の上に浮かぶ次第、そこにきてなお、十代と同一の美を求めることに巨大の疑問を覚えます。

結婚が終わりというのではなく、僕は結婚というのは非常に便利な儀礼装置であると発想を転換してみてはどうか、と考えています。美の絶頂、或いはやや衰えが見えてきた際に特定の伴侶を得る、そうすることで少なくとも美によって不特定多数に対しての求心力を保つ必要はなくなります。これはとてつもない安心ではないでしょうか。とりあえず孤独からは疎遠となるのですから。1と0の差は途方もない。

男性は三十からと言いますが、これは美による力ではなく社会的権力や金や若者にない深い思慮やそれらによって成立している総合的な魅力であって、やはり純粋なる美を求めたら、十代や二十代に勝つことはないでしょう(友人談)。躍動する年代こそが、やはり美しい。

非常に長くなりましたが、もとはといえば僕が絶対美とそうでない作り物の美を文中に混同したことや、説明不足の箇所数多などといった滅裂により文意がねじれリリー様の何らか逆鱗に触れたことと思います。とまれ、美を愛でる一観察者として、思いのたけを綴らせて頂いた次第です。普遍的な思考ではありませんので、これを以て男性否定に走りませぬよう。

  • 本人
  • 2010/11/17 11:04 PM
小平さん

コメントへのコメントをありがとございました。でも、男性の二次元愛はそこから先に何もありませんよね?女性は美を追求すれば自己満足にもなるし、しないよりは人生が楽しいのも事実です。確かにブログ執筆者にぶつけた問題は個人に解消できないかもしれません。でも女性としてなんかバカにされた気がして、コメントしました。

猫木さん
美に放棄される、確かにそうかもしれません。えー

  • リリー
  • 2010/11/18 12:21 PM
>>美人美人と前三十年もの間にさんざ褒めちぎられた人々の延命運動に加担したくはない。そんなものは暴力であり、純粋美を求める私にしてみれば、まるで自然ではないから。

ふん。そですかね。貴方は分かっていないのです。美人とかつて言われ続けていた人も、己の美がもう損なわれていることくらい自分で分かっています。本気でまだ自らの美が保たれているなんて信じてる熟美女なんていないんですよ。ほとんどね。そうでないサイボーグ的なひとが昨今テレビでやたらとりあげられてますけど、そんなの本の一部でしょうね。
あなたはかつて美をほめられ続け今は失った女性を選び取る必要はないですけど、

美人美人と前三十年もの間にさんざ褒めちぎられた人々の延命運動に加担したくはない。

こんなのはあなたの度量の狭さだけをかんじさせますね。言われる美人(かつての)をバカにしてますよ。
あなたは美を才能とたたえるのなら、それをかつて持っていたその人をかつての美の持ち主として言葉で喜ばせるくらいの気概がないんですかね?

あなた、それから、この文章をもう少し平易な文章で分かりやすくかけないもんですか?
やたらに難しい単語を使い、高度なことを行っているようですが、要するに、おばさんになれば美は損なわれる、美にすがりつくなってことですか?
貴方の文章は、頭をよく見せようとして結局読むものに何も伝えることができていません。
真に頭のいい人は難しいことを簡単な言葉で誰にでも分かりやすく伝えられる人です。
あなたのこの記事の意味が、意図が、さっぱりわかりません。

書き直したら?勝手な猫木男。
  • 雪子
  • 2010/11/18 11:22 PM
それから、貴方の記事はなぜ他者への必要以上の批判精神に満ちているのですか?
それも、昔に比べてそういう記事だらけ。
あなたの内面が、ささくれているから?
あなたの記事、他者への批判か自己への一見批判ともとれるけれど実は自分は他者とは違う!なにかが違うはずだ!という感情が見えて、哀しい。
文体もどんどんどんどん、ただ難しい単語を使うことに自己満足をしているように見えます。

貴方、プライベートでも他者を一方的に傷つけるような人間と知りましたが、あなたの目指す文筆業で成功されるためには、自分自分自分自分と、自己主張するだけでは誰もあなたの文章に興味をもたなくなると思います。
つまり、貴方の最近の文章、面白みがない。
おもしろくないです。さよなら猫木さん。永遠に。雪子。
  • 雪子
  • 2010/11/18 11:29 PM
さよならといいましたがね、子猫さん、
まだ言いたいことがございましたの。

>>美を備えてきた人は、それを捨てるなんてとんでもない、とこう主張するのだろう。けれども、代わりもまたいくらでも後から続くから、いつまでもきばって体現者でいる必要はないのに、と観察者たる私は考える

あなた、美の体現者でなく、観察者ならば、なぜ美の体現者がいつまでもきばって体現者でありたいと願っているという勝手な憶測、妄想をなさるの?貴方に何がわかるの?
あなたは美を賛美するあまりその美の体現者の中にもいろいろの人間がいるということをおわすれじゃございませんこと?

美を体現してきた人こそ、表面的な美、あなたのおっしゃるところの狭い意味での美のはかなさ、意味のなさに早々に気づいて、そういう部分ではない人間的魅力を磨こうと努力してる方も大勢いると思いますよ。貴方は一体誰をみて、何を知ってこんなことを仰るのかしらね。
美をすてるなんてとんでもない、
そう言い放った美人さんとでもお知り合いでしたの?それともそう言い放った美男さんとお知り合いでしたの?
あなたは体現者ではないなら、その想いを推測や妄想によって、偏見によって、勝手に代弁しないでください。

美を賛美しているのか、(といってもあなたのここで仰る美というものが低俗ですが)
美を持っていた年取った人をバカにしているのか。
わけがわからない。
それから、ふと思ったのですが、
ぶっさいくな若い子と、黒木瞳さんや檀れいさんのような美人な年増ならどちらを選んで?

あなた、そりゃ黒木瞳や檀れいクラスの美人でかつ20歳の子がいればそれに越したことが無いのは当然。そんなのはこんなに小難しく書くことでもない。男性の、単なる本能でしょ。若く美しい女性の遺伝子に引かれる。
それを両方持つことはまれである上に若さはやがて失われる。
ただそれだけのことをここまで書く貴方。
貴方には失望しています。
  • 雪子
  • 2010/11/19 1:29 AM
雪子様

まずですが、僕は読む者に何をか伝えんと欲する心がこちらブログ記事にはありません。読み手次第としか言いようがない。

難語ばかりで意味が伝わらないというのは、こちらの不器用にももちろんよりますが、本が好きな人には馴染みの言葉を用いているつもりです。また、僕はこれを文字に興味のない人にもおかしがって欲しいとは考えておりません。それに字引を引くでもなく、血肉となった単語だけを用いております。僕は旧弊な文学愛好なので、読みやすさ、理解しやすさ、これらはかなり軽視しています。
横文字や現代的な単語を選ばないのは、自分にしっくりくるからです。商業として文字を書く場合には当然、語彙からテンションから全てを変えます。そちらは確かに読み捨てるには面白いでしょうが、それまでです。ただ、本気で4割の水準を保つという難しさがありまして、それゆえ売文。一方こちらの文章は、帰宅後、のんびりしつつ最も筆の運びやすい文体によってしたためられています。真剣な遊びです。から、僕にとりこれこそが平易な文体なのです。それが世相と離れていようが、何に問題がありましょう。タダで見られるのですから。見たくなければ見なければいい。

何より僕は天才ではありません。頭の聡明なのはむしろ雪子様でございましょう、文章を以って人格否定に走りたいのならそれはおおいに結構。



  • 本人
  • 2010/11/19 12:08 PM
リリーさん

まずコメントへのコメントという無作法をお許しください(同時にブログ主催者である猫木さんにもコメント欄の私用化お詫びします)。ただリリーさんのコメントが余りに攻撃的にみえたので脊髄反射的に意見してしまいました。

ブログというのはいつも一方向の独語ですから、コメントをしてはじめて対話になり論も醸造されるので一読者としてここの賑わいは喜ばしいものです。猫木さんの記事は独語ですけれど、読者によって攻撃的に映ることは異論ありません。(たまに私のことを書いているのではないかなと背筋が伸びます)

ただ猫木さんの文章は極論的なところに(諸刃の)魅力があると思います。ダンディズムマッチョイズム男根主義、しかし鋭い思考で急所を突いてくる。これが当たれば好きになってしまうし、外れれば嫌いになってしまう大バクチ。いずれにしても心を動かす=感動させる文章を書ける少ない人物だと思います。

いっぽうでここに登場する女性陣もそうとうに慧眼だと存じます。ともに男女のジェンダーを極めていて、私のようなおかまみたな人間は双方の意見ともに要点を得ていると思いますよ。だから私が一番いいと思うエンディングは「草食系男子と肉食系女子の婚姻」なのです。反比例的に遠ざかってしまった両者が、大和合すること。

私もYOUや永作博美など年を経ても美しい人は好感が持てますし、良さも解ります。しかし40代になっても美しくありつづけることは、もはや二次元的です。ファンタジーと呼んでさしつかえない。女性的価値を体現し、つき抜けたそれらの人は男女双方が認める「中性化した存在」と言えます。リリーさんが男性側の二次元を不毛に感じられるのは「まだ男性側からつき抜けた、中性化した存在が現れていないから」だと思います。

だからまだ歴史の浅い草食系男子はこれから努力して、女性にも理解される二次元キャラを創出しなければいけません。ハルヒやけいおん!など女性も好きなキャラクターはいますが、まだまだ女性側で同属争いをしている状況です。でも男女ともに遠ざかりながらもお互いを求めているのだから、素直になるか、努力するしかない。

以上長文まことに申し訳ありませんが、私からみれば争うべき状況ではなく、むしろ根本の感性は通じていて共闘すべき面々だと思いますよ。お騒がせしてすみませんでした。
  • 小平哲也
  • 2010/11/19 1:02 PM
ブログは単なる遊び、読むほうが理解できるか出来ないかは勝手。そうだったのですか意外です。あなたの人格を否定するつもりはありませんが、あなたはブログ上で人の人格否定をして良いのに、コメント欄にはあなたへの批判を書いてはいけないのですね?

この記事は、大変な偏見にみちていてそれこそ、ここに書かれている人の人格否定です。

あなたはそれは個人のブログだからいいというの?
ならばコメント欄を閉鎖なさったらどうでしょうか。
コメント欄があるのだから、読んだ人はコメントを書きます。
なにより、人格否定とあなたが思ったのは、
あなたのこの記事に失望しているからであって、あなたの文筆家としての将来に悲観したからです。
最初からこのような文ばかりのブログでしたら読者になっていませんでした。
あなたの文にはいつしか棘だけがみえかくれします。
それに、本当に本当に自己満足だけのためのブログであるならば日記にでもお書きなさいといいたい。

ブログである以上、読者を意識しているのですよね。でなければブログである必要も、コメント欄がある必要もありません。あなたがインターネット上に自由にこのように文を書く限り、こちらも自由に感想をかかせていただきます。なにより、私がいままであなたの人格を否定したことがありますか?

それから、返答になっていないことを書くのは辞めてくださいませんか。
あなたがこの記事で言いたいことがさっぱりつたわってこないのです。

あなたにとって美とはなんなんですか?
そしてこの記事によって訴えたいことはなんなんですか?

あなたは女性のことも、美の体現者のこともしらなすぎる。知らない上に憶測で、最近テレビでよくとりあつかわれる「○○の魔女たち」とかいう40や50になっても若作りのみに美を見出す人たちを、そういう一部の人たちだけを見て語りすぎている。

あなたは、批判はうけいれず、じぶんのやりたいようにやりたいというのなら、勝手にすればいい。でも、少しは人の意見も聞き入れたらどうなのでしょう。人格否定とはこれはまたすごい意見ですね。自分は人格否定しても、されたくはない。ということならコメント欄も閉鎖しブログもやめてしまいなさいよ
  • 雪子
  • 2010/11/19 4:11 PM
難語ばかりで意味が伝わらないというのはちょっとちがうんですよ。
難語を理解できないほどこちらもバカではありません。
ただ純粋に、難語だけを並べ立てた文章は、かえって人の心に入っていきにくい。人の心を打ちにくい。
もちろん読み手を意識していないというのがあなたの本音ならどうぞご勝手になのですが、
ではなぜブログとして公開しているの?
しかもあなたのブログには結構な数の読者がいる。
あなたは文筆家になりたいと公言している。

であれば、このような批判を聞いたとき、そんな反応しか出来ないようであれば、難語をいくら用いていてもあなたが未熟であることは露呈してしまいますね。
あなたは、ブログをなぜかいているの。

>>私は男性であるから、年増を贔屓目に見ることをしない。

この辺とかですよね。あなたは、女性が美しく保ちたいと考えるのを、年下の小僧に贔屓目に見られたいたいからだと思っている時点で認識があますぎるの。

>>年増が美人であることを主張し続けるのは、既得権益を手放したくない役人に似ている。『美』なる観念を未来に存続させるため彼女たちは生まれてきた。同世代に対して、美とは私であると、好む好まざるにかかわらず主張してきたのが彼女たちである。

そしてこれ。これどこに根拠があるの?
あなたは一度でも美人女性になったことがあるの?そして年増になったことがあるの?同世代に対して美とは私であると主張してきた…それが彼女たち。
あなたの見てきた世界の狭さを感じずにはいられません。
何度も言いますが、美しい女性にも賢い女性はいます。
そしてそういう人は己の姿かたちの美しさのはかなさには貴方よりもずっとずっと前から気づいていると思います。
あなたは何度も言うけれど、美の体現者ではないならば、憶測で彼女らをここまで批判すべきでない。

もし、美魔女とかいう低俗番組に影響されてのこの文章ならば、やはりこの記事を低俗と呼ばざるを得ない。

さらにね、どなたかも書いていましたが、あなたは吉永小百合さんをうつくしいとおもいませんか?
彼女はもちろん内面も美しいでしょうが、外見を保つためにも非常なる努力をしています。
それはけっしてあなたのような小僧に選ばれたいからではありません。
あなたは八千草薫さんを美しいと思いませんか?あなたのような小僧が、八千草さんを選ぶとはおもいませんし、それは異常事態です。あなたはかってにガッキーを選んでいればいい。
ただ、八千草さんや吉永さんは、内面もきっと素敵で、でも外見もすてきですよね。あなたはあれが内面の美しさからのみ現れる魔法とでも思って?
彼女たちは努力していますよ。外見を磨くことに関してもね。
そしてそれは、男性にもてたい選ばれたいという低俗な理由とは全く違う。
あなたの考える美の観点は男性に選ばれるかどうかだけですか??低俗です。

彼女たちの美しさを見て、健康を感じ取り、彼女たちのようになりたい、と思い努力を重ねることによってどれだけ多くの女性が生きることに輝きを見出してるのかわかりませんか?

だれがたれ乳に美をもとめよなんていったの?どこでそんなこときいたの?
だれーもそんなこといってない。

ここら辺の内容の突然の飛躍にもびっくりです。

それから、あなたは遺伝子を残したい盛りの性欲の目線で美を語っているからかもしれませんが、20のガッキーよりも、吉永小百合さんをみて、美を感じ取る人はたくさんいます。
それは決して、美の拡大解釈、年をとってもしわがあっても美だよねということではない。
彼女は文句なしに綺麗だと思うし、世の中には、彼女クラスに綺麗な人がそんなにいる?
若い大学生を見渡しても綺麗な綺麗なひとなんかほんの一握り。

あなたはどうかわかりませんが、ガッキーのような美しい若い女性がこの世に溢れていたらいいのですが、現状、この世には底まで美しい人は溢れてません。
ですから貴方と違って、若いだけの女子大生よりも吉永小百合さんを選びたいという男性は少なからずいるとおもいます。
それからおわすれなく。男性と言うのは貴方の年代のにんげんだけではありません。
30、40、50、60、色々な人間がいるのですよ。
吉永さんが貴方を選ぶとも、彼女が美をアピールしている年代が貴方の年代だともおもいませんけどね。

若い、未熟な文章。でしたよ。子猫さん。


  • 雪子
  • 2010/11/19 4:39 PM
読みやすさ、理解しやすさ、これらはかなり軽視しています。

これを軽視するなんて…
おかしいではやはりあなたがなぜブログを書くのか分からない。
平易な文章で、(平易な文章と言うのはね、決して難解な言葉をひとつも使うなといういみではないのよ)わかりやすく読み手に言いたいことを伝える。

それができていないではないですか。
私はバカじゃないですから、貴方の書く単語の意味くらいは理解できますよ。
本が好きな人にはお馴染みの単語、などといやみを言われなくても、多分ここに訪れる人は貴方のファンなのですから少なからず本を読んできた人でしょう。
貴方の書く単語がわからないのではない。
ただ、必要以上の難解な言い回し、漢字の多用、句読点の少なさによって、読むものにすんなり言いたいことが伝わってこないんです。
あなたが商業用に書く文は平易を心がけているかどうか、それはこのブログの読者の知ったことじゃありません。

あなたはだんだんに他者を批判し、自分を特別な存在だと、(逆説的に自分を貶める文を書くこともありますが)そう位置づけようとしている。

あなたの精神が退行しているのを感じます。

もっと、おもしろかった。貴方のブログは。
棘ばかりを突き出したブログのどこがオモシロイの?何度も言うけど、「ただでよめるものなのだから」見たくなければ勝手に見なくなれば良いとは大変に大変に読者に失礼ですね。

あなたのブログを初期の頃から応援してファンであった人もいるんです。

ブログって公開されてるんですよ。インターネットですよ。猫木さん。

読み手なんかどうでもいいならコメント欄を閉鎖して、日記帳を買ってきて好きなことをかけ。
  • 雪子
  • 2010/11/19 4:51 PM
しつこいようですがね、
「少なからぬ女性は、美を放棄するのではなく美に放棄されます」
貴方の仰る狭い意味での美ということではこれはたしかにそうでしょう。では、男性は?男性も同じでは?それともなにかしら、男性はしわができ老けてくることによって渋みと言う美が増すとでも言いたいの?そういう意味の美なら女性にも現れてきます。

「よほど自信のない限りは、若づくりしないほうが、むしろ僕には美しい」
これもあなたの経験の少なさ、人の心を知らないと言うことを露呈しています。
若作りをしてみえる年増の女、そういうひとではなく、自然に年を重ねて、年相応に見える女性でも、夜中には美容液を塗ったり、がんばっているのですよ。そしてそれは、貴方の言うような「十代と同一の美を求めること」などではございません。
どこの誰が、十代と同一の美を目指して毎晩の美容に励んでいると言うの?あなた、目撃したことが有るの?聞いたことがあるの?何度も失礼しますが、最近はやりの美魔女とかいうテレビのみすぎじゃありませんか?
ドモホルンリンクルのCMがありますね。
私はあのCMに出てくる人たちはとても肌がきれいで美しいと思いますが、やはり年相応に見えます。10代20代には決して見えません。
50代にしっかりみえます。でも美しいです。よいことではないですか?貴方に選ばれたいわけじゃありませんよ。あなたは20代ですね。なにもわかっていないんです。人間の価値は若さだけでもなければ、若さに伴う、異性に選ばれるための美だけでもありません。
一人の人間として、美しくありたい、そういう願いをもつ女性をなぜそこまで批判する?
「六十代でも肌がつるつる、などありまして、僕としては原爆大の(それがどうしたってんだ……)という吹き出しが頭の上に浮かぶ次第」
ねぇあなたはもう少し年をとって御覧なさいよね。肌がつるつるなことは嬉しいこと。決して若い男にもてるからではない。それは健康の証であり、やがてくる老化や死という恐怖から逃れられる手段でも有る。なにより、やはりしわしわの自分の顔を鏡で見るより、しわがないなぁとおもうことが、嬉しいのは、もうこれは異性にもてたいとかではないの。本能なの。若いというか、しわが無い、美しいこと、それはやがて人間がすべて経験する死への恐怖への対策でも有るの。ここで、その人が10代になろうとしてると考えることの浅はかさよ。嘆かわしいよ。

「美の絶頂、或いはやや衰えが見えてきた際に特定の伴侶を得る、そうすることで少なくとも美によって不特定多数に対しての求心力を保つ必要はなくなります」

これもあなたの偏見と憶測に満ちた妄想。
あなた結婚したことは無いでしょう。
美の体現者がみな、不特定多数に求心力を持ちたいと考えてると思ってるの?

お願いだから、幼稚で稚拙で、経験にもとづかないことなら、知ったかぶらないで。

そしてね、美の体現者ではないならば、妄想で顔立ち美しく生まれた人たちのことを勝手にこのように批判しないで。

「いくつになっても女性は美しくありたい生き物なのだから、それを否定するな、というような意見でございましょうか。それは僕、千も万も承知でございます」
へぇ
あなた、いくつになっても女性は美しくありたいと思っていると思っているの?
そういう女性もたしかにいるでしょうね。
でも、たいていの人間は、年相応の美しさを求めるし、いくつになっても美しくありたいと思ってはいない女性も大勢います。あなたが千も万も承知だと書いていることは間違った認識です。

「美の絶頂、或いはやや衰えが見えてきた際に特定の伴侶を得る」
ここなんてどうです?結婚観まで歪んでいるわよ。


もっともくだらないと思うのはね、
美と言うのは顔立ちの美しさ、造形だけに現れるものではない。人の立ち居振る舞い、内面の美しさ、生きてきた道筋によって現れるものである、という、美の拡大解釈はなりたっても
誰も、
「ばばあの垂れた乳の美しさだとか、美という概念を押し広げたらたしかに美はあらゆるところに散見することができよう」
そんなこといってないだろうが。

ばかか
  • 雪子
  • 2010/11/19 5:30 PM
雪子様

コメントをありがとうございます。

―僕は読む者に何をか伝えんと欲する心がこちらブログ記事にはありません。読み手次第としか言いようがない。―

これですが、文章というのは何であれ捉え方は読者にゆだねられているのですから、明確な論旨を用意しても、思考がどの方向に流れてゆくかは書き手の思い通りにはいきません。ですから、これを伝えたい!という心がないのは、どう捉えられても良いよ、の意味です。書き手の手を離れた瞬間から、文字は独立してしまいますから。

僕にとっての美とは、「美こそが人類のモチベーション」「美とは比肩するものなき才能で、他には学力や運動神経、家の階級、ユーモア、感性、色々あるが、わけても貴い」ものです。唯美の美を意味しています。そしてその美しさとは、生命力と外見にあふれる美です。内面美やその他多種多様の美は、ある年代において発露される美には質として及ぶべからざるものであると考えています。吉永小百合さんが美しいことなどは当たり前です。内面も美しかろうし、外見も美しい。ところが僕のそういった美意識、それを幼いと言うのなら古くはギリシャの小児性愛、新しきはAKB、そういったものの評価はどうなりましょう。世間でもっとも評価されるのは、僕の捉えるところの美であると思うのですが。


美魔女という番組は僕は知りません。テレビが部屋にありませんので。朝飯時にやっている美顔のCMばかりが僕の情報です。あとは車中のラジオで、若返りのCMだとかを聞きます。いくつになっても若くありたいというのは死への恐怖のような気がします。皺のできるたび肉体的な死を意識する、つるつるしていればまだまだいけるような気がする。十代と同質の美と僕の言ったのは、皺もないつるつるの十代がいわゆる美の基本となっていると考えるからです。「二十代って誉められちゃった」と四十代が嬉しそうに話すのはこれ、同質の美を前提にしないと成立しない会話ではないでしょうか。

―必要以上の難解な言い回し、漢字の多用、句読点の少なさによって、読むものにすんなり言いたいことが伝わってこないんです。
あなたが商業用に書く文は平易を心がけているかどうか、それはこのブログの読者の知ったことじゃありません。
あなたはだんだんに他者を批判し、自分を特別な存在だと、(逆説的に自分を貶める文を書くこともありますが)そう位置づけようとしている。―

僕はまず、文章の多様性を信じております。どんな文章でも文章です。文法が崩れていても、全てがひらがなでも、面白ければそれは問題ない。句読点が多くて、漢字が多くて、何が悪いのでしょう。もちろんこの文体は完ぺきではありません。でも、僕の目指すのは明治以前と以降で分断されてしまった日本語を再びつなげるような文体です。これは自分の読書遍歴から醸造されたものですが、平易な文体で面白いことが書いてあっても、それはもはや僕には読む気がしないのです。東野圭吾さんとか、ああいった作家さんの文体は、文体そのものの面白みがなくて受け付けない。少なくとも僕には、読み切れないのです。泉鏡花さんのような一文一文を噛みしめるもの、を僕は書きたい。ただまだその段階には全然至っていないものですから、こちらでも練習をしております。公開せずPC内部にもそのような文章は膨大にあります。平易な文体は商業用に書いている、しかしそんなものは知ったこっちゃないとも仰られていますが、つまり平易な文体ならば既に僕は文字を金の対価として紡げているということです。しかしそれは僕の本意ではないし、美文であるとも思われない。そうではない切り口で評価をされたいからこそ、自分なりに文体を作っている。

―もっともくだらないと思うのはね、
美と言うのは顔立ちの美しさ、造形だけに現れるものではない。人の立ち居振る舞い、内面の美しさ、生きてきた道筋によって現れるものである、という、美の拡大解釈はなりたっても
誰も、
「ばばあの垂れた乳の美しさだとか、美という概念を押し広げたらたしかに美はあらゆるところに散見することができよう」
そんなこといってないだろうが。
ばかか―


垂れた乳の美は、あります。それをこそ美しいと仰る人もいます。例をあげれば熟女趣味のO君から、或るダダイストまで。それは性欲から芸術までを包括しております。ぜんぜん飛躍ではない。文末の「ばかか」というのは単なる感情論であって、僕の文章の稚拙を否定し、ひいては精神性の退行すらをも指摘するに相応しい人間が発する言葉ではないように思います。

「美の絶頂、或いはやや衰えが見えてきた際に特定の伴侶を得る」
ここなんてどうです?結婚観まで歪んでいるわよ。

これは、セーフティーネットとしての結婚を着想し
  • 本人
  • 2010/11/20 8:32 AM
雪子様

コメントが長すぎてぶつぎれてしまいました。
この先にもっといろいろ書いてあったのですが、仕事なので中断します。
  • 本人
  • 2010/11/20 8:34 AM
時々、ロムっていましたが、初めて投稿します。僕がこのブログを好きだったのは、猫木さんが「本当のこと」を書いてるからなんですよ。女の三十路なんか全員ババアだし、それに吉永小百合のどこが美しいの?お婆ちゃんでしょうが。あの人を美しいとか言ってる人の方がよっぽどメディアに踊らされていると思いますけどね。イメージでの美でしかないだろうと。

いいですか、本当の美というものは、電車で隣の席に座ったら8×4のデオドラントの香りと汗が混じったような甘い匂いのする、18歳未満の美少女にしかありませんよ(それも処女に限る)。こんなことを書けば叩かれるも必至だと思いますが、本当のことを書いたまで。

それよりも、こんな感情論なんかに長文レスしてないで、新たな記事書いて下さいよ。もちろん面白さ特盛でね!
  • 奥岳
  • 2010/11/20 9:45 PM

看護婦はやっぱり、アソコの扱いにも慣れてるのか、アレが最高に気持ちよかったwwww

スペ●マを大量に飲まれて 5万円もらった。おいしすぎるwwwww♪♪

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http://gbts2e2.pai.fedrick.net/
女の方から中で出してくれないと嫌だからねって言われちゃいました(笑)

言われた通り、思いっきり中に出したら週1で8マンの契約しちゃいました!!
このまま早期退職を目論んでます(笑)
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