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姫と大工

 常より作業服で町を歩くことを躊躇しない家具職人の杢深志(もくふかし)が、場違い感甚だしくも先週から由緒あるソクナッハ家に小汚い姿で出入りしているのは、ソクナッハ卿が娘のルベータのため特別に作らせた大型棚を据え付ける責を負ったからである。


 この棚はウォールナットの無垢材から作られていて、木目を潰さないオイル塗装がアンティークらしい落ち着きを与えている。中央に据えられた1枚1メートル、2枚で2メートルもある大きなオープン扉はガラス製で、内部で物を支える計4枚の棚板もすべてガラスである。棚の内側、上部と左右部に埋め込まれた照明を点すと光を受けたガラス棚が乱反射をするような案配になっていて、きらきらと踊る光には一種幻想的な趣がある。


 斯様な素晴らしい棚がルベータの部屋の巾3300、高さ2400、奥行600の凹み壁にすっぽりと収まるよう作られたはずであったが、棚のほうが大きいのか或いは凹みが小さいか、うまく入らない。棚を作成したのは深志の師匠にあたる神業の持ち主で、彼はソクナッハ卿に云われるがまま完璧なものを作り上げた。にもかかわらず棚の入らないのはソクナッハ卿の失敗で、つまり壁の巾3300に対してきっちり3300巾のものは入らないということをソクナッハ卿が理解しておらず、ぎちぎちの寸法で発注をかけたのである。。深志の師匠は今回の仕事に関して現場の実寸を把握しておらず、もし壁の巾が3300であると知っていたならきっと彼は3295程度で巾をキメてきた。据付式の家具は、逃げを確保するのが通例である。今回その確認をしなかったのは、深志の師匠の手落ちと云えばそれまでだけれども、一介の職人如きが容易に口出しするに能わざる高貴な相手であっただけに、綿密な打ち合わせをさせて頂きたいと申し上げるも畏かった。そういう事情もあって、指図されるまま作るほかなかったというのが真実に近い。棚が入らないところをなんとかうまく嵌め込んでくれとソクナッハ卿がわざわざ師匠でなく深志に話を持ってきたのも、己が不手際を当人に知られたくなかったからであろう、完璧な仕事をしてくれた人間に対して直せと云うのが申し訳ないというよりは、自身の無知を晒すことに抵抗があるらしいことは、深志への報酬が破格である点からも察せられた。これにはきっと、口止め料が含まれている。


 さて深志はそういうわけで家具の据付作業にかかったわけであるが、凹み壁の寸法を測ってみると、手前は確かに3300だが、奥部にメジャーを当てると3294しかない。奥へいくほど壁が狭まっているというわけである。こうなると深志は最低でも、左右を4ミリずつ程度は削らねばならぬ。師匠の作品の完成度を崩してはいけないから、カンナと目の粗いヤスリのみを使用して、日数にして10日間もかかろうか、兎に角じっくりと進めることにした。


 朝から晩まで根気強く作業に打ち込む深志の様子を、ルベータは度々見物に来た。ルベータは今年で14歳、詩歌とピアノに抜群の才を見せる色白の美しい娘で、屋敷の中ではいつも膝まで丈のあるワンピースを纏っていた。大理石貼りの廊下にコツコツとヒールの音が響くと、ほどなくしてルベータがやってくる。


「私、煙草を吸っている人って嫌いよ」


 深志は、休憩の合間に煙草を吸うのを常としている。ルベータはそんな深志を見つけるたびいつでも同じことを云うのであった。家族に煙草なんてものを吸う人はいない、それは口臭と混じってとても臭い煙だわ、こんな風に深志を詰(なじ)るルベータは、しかしながら嫌味ったらしさよりもむしろ愛嬌と意地悪の入り交じった嗜虐的な表情を浮かべているように深志には見えた。


「煙草がお嫌いでしたら今は私に近づかないほうが……」
「あら、私煙草が嫌いなんて云っていないわ。煙草を吸う人が嫌いだって云っているの」
「それではすぐに消しますので……」
「あら、私に嫌われたくないからってそんな風に従順なのだとしたら貴方って相当のロリコンね」
「どうも……」


 ケラケラと笑いながら、ルベータは右の小指を鼻に運ぶと、おもむろに鼻を穿ち、鼻糞をとり、無邪気な顔でペロリと食べた。

 
「さすがに朝から三度目だと鼻糞も出が悪いわ。ほとんど鼻水みたい」
「お嬢様、それはソクナッハ卿の前でもなされるのですか?」
「どういうことかしら?」
「いえ、人形のように美しいルベータ様が、その……鼻糞を食べるというのはちょっと無作法に過ぎるのでは……」
「あら、鼻糞を食べることのどこが悪いのかしら? 私の家族で鼻糞を食べない人はいなくってよ?」


 そう云うと、ルベータはきょとんとした顔で深志を見つめた。その表情は、鼻糞食を諌める深志のほうがおかしいのではないかという、まったく自身の過失に気づいておらぬ風であった。

 
「聞けば貴方のような職人は、夏場には塩分を補うために塩飴のようなものを携帯していらっしゃるようだけれど、本当かしら?」
「仰る通りでございます、これがその塩飴でございます」
「鼻糞って何かしら?」
「汚物でございます」
「塩分ではなくって?」
「汚れた塩分でございます」
「貴方の話って筋がおかしいわ。貴方、私のことをどう思っていらっしゃって?」
「世にも稀なる美しいお嬢様と認識しております」
「それなら、私の鼻糞がどうして汚れた塩分になるのかしら?」
「ルベータ様の鼻糞は奇麗な塩分でございます」
「それなら貴方、深志といったかしら。これからは汗をかいて塩分が欲しくなったら私の鼻糞を食べて頂戴」
「ルベータ=ソクナッハお嬢様……」


 こうして深志は、作業の傍らルベータの鼻糞を食らうこととなった。ソクナッハ卿の無知が引き起こした寸法違いの棚を削るのが本当か、或いはルベータの鼻糞欲しさに屋敷へ通っているのか、どちらが本懐であるか、深志の中では答えが出ているのだけれども、いずれにせよそれらは他言すべき類いの性質のものではない。

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  • 2015.10.23 Friday
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コメント
ルベータソクナッハ=鼻くそたべる、ですか。相変わらずアナグラムがお好きなようで。谷崎好きが見え見えの文章形態ですね。暇を文字で潰すくらいならブログで発散せず早く長いの書いてください。一体どれだけ待たせますか猫木さん。
  • 2010/09/14 3:14 PM
匿名性のある眼鏡様

僕にとって服従や挺身はエロスですから、眠い中日常を比喩的に整理すると性嗜好あいまって自動速記的にこんな文章ばかりになります。名前に関しては、煙草を嗜むからもくふかしでもあって、藤子F先生の手法です。ドラえもんがライオンに扮した際にドライオンと呼ばれていたのが心に強烈に残っています。

僕のほう現在、信じ難い多忙に見舞われておりまして、正直読書をする暇もない。ですから怒らないで下さい。何より匿名ですと誰かもわからずろくな言葉も返せません。コメントありがとうございました。
  • 本人
  • 2010/09/14 11:59 PM
美少女の鼻糞が食べたいフェチの人を探していたらこのブログにたどりつきました。ルベータ嬢と大工の仲がだんだん深まっていく過程の描写があったらもっと面白かったです。たぶんルベータは最初、大工を蔑んでいたはずではないでしょうか。蔑視がいつしかサディスティックなエロスに変わっていく。このディティールが読みたい。他の方も書いていますが谷崎潤一郎みたいな筋の作り方で、私は加藤ローサ主演の富美子の足を思い出しました。こちらのブログは初めて拝見させていただきましたが現在は編集職から異なる分野で働いているみたいですね。正直もったいないなあと思いました。ブログと仕事では求められる完成度が違うから面白くなくてもレベルが高いのが商業誌。ブログは面白い人がいますが、怠けちゃいます。拝見する限り忙しいようで、また新作楽しみにしています。
  • テリーマン
  • 2010/09/22 2:44 AM
テリーマン様

義に厚く信に深い生真面目なテリーマンが、そんな時刻にこんな単語を調べていたとは原作からも読み取れぬ一面にただ仰天というほかありません。

ブログで怠けるとは言い得て妙で、それはつまり手すきの時間に書く事のできる分量に文章を圧縮してしまうからでございましょう。特に僕の場合は、一つのブログ記事に数日間をかけることはまずないものですから。就寝前のひと時で完結できる物語めいた何かを残せたら、この場においてはそれが満足なので、緻密よりは大雑把に、全編よりはダイジェストにならざるを得ない。これはとても良くないことですが、逆に云えば広大無辺の行間を提供しているわけでもあって、足らない色々の部分はすべて想像力で補ってほしい。もっとみんなに優しくして欲しい。読み手の想像力が駄文を名文と錯覚させることもある。

編集は事情によりやめ、現在もライターとしては依然動いておりますが、これもまた事情によって別の業界で働いており、白骨化しています。某という人が多才か無能かは周囲が決めることですが、多忙か否かは主観ではかる類いのものであります、そうして僕にとって精神や肉体はともかくとしても今ほど時間的に厳しい数ヶ月は人生のどこを振り返っても見当たりません。人間、せわしい日々に追われるとユーモアを忘れていけませんね。異性も逃げる。

というわけで当面ブログの更新はないのですが、来月半ばくらいから脳みそが利発的な動きをする予定なので、お待ちください。
  • 本人
  • 2010/09/24 1:21 AM
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