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或るOLのダイエットに関する詳察

  その女性は遠目に見ると美しいけれども、近づくとグロテスクな、花に喩えれば向日葵のような性質をしていた。瞳同士が離れすぎているのと、鼻の傾斜がなだらかすぎるところが特に男を失望させた。顔面にサッカーボールのめりこんだような顔立ちなので、ここでは仮に名をメリ子としよう。


 メリ子は考えた。彼氏が出来ない理由は何なのだ? ……ところでこの自問はメリ子自らが己の決定的な欠点をあぶり出す作業に他ならぬ。およそ人というものは、的外れな指摘には笑い流すなりと平静でいられるが、触れられたくない部分、保護膜の薄い急所を見事に突かれると心中穏やかではいられない。過敏な自己分析は往々その人を厭世的にさせる。指摘するのは容易いが、肝心の解決策を用意するところまでは頭が回らぬ、こんな人が世の大半であるから。


 そう考えればこそ、男に縁のない自己を呪いつつ、ハッキリと原因を知りながら、それでもその理由の本質にあえて蓋をし、根本的解決から我が身我が心を遠ざけようとしたメリ子の逃避的な選択は、ずいぶん人間らしいと云わねばならぬ。メリ子は、距離の縮まらぬ瞳はさておき、せめて異性との距離感を贅肉の削ぎ落としによって狭めようと試みた。


 私がそうと決めたから 今年の夏は サラダシーズン


 実につまらぬ句をしたためてから、上機嫌でまずメリ子は体重計に乗った。46キロとある。彼女の身長は162センチ、我々男性にしてみれば既に落とすべき肉もなく、むしろ弄ってほしゅうない。しかしながらメリ子とてそんなことは百も承知のダイエットである。本来致命的な欠陥でありしかも充分に認識しているが決してわざわざ触れたくはないそんなセンチメンタリズムに溢れる『離れた瞳』、メリ子はやはりここを気にしないではいられなかった。であるからこそ、更に細くなればことによってはモデルのKIKIちゃんのようなちょっとお洒落美人とも呼ばれかねない雰囲気を『離れた瞳』があることで体得するのではないかと、奸計を思いついたのであった。それは同時に、メリ子の最も気にする部位は低く潰れた鼻であることを白日に晒したこととなったが、メリ子は強いてそれを無視してサラダ生活を始めた。


 そうして野菜ばかりを食らい続けるメリ子であったが、日にして35日、体重が44キロにさしかかったあたりでどうしようもないマンネリズムに襲われた。サラダ生活と一口に云ってしまえばそれまでだが、メリ子はドレッシングから添える野菜に至るまで、余程様々の種類を捻出しては食らい続けていたのであって、その努力たるやおよそ男の理解の及ぶところではない。正直のところ、もう生野菜は見たくない、そんなところまでメリ子のサラダ生活は汲々たる思いに縛られていたのであり、野菜への呪詛が甚だしく彼女の心を蝕んでいた。


 そのうちメリ子は、ダイエットよりもむしろ或ることを深く意識するようになった。


(サラダイコールヘルシー……タダシクナイ……)


 それまでメリ子にとってサラダとはすなわち生野菜の集合体であった。サラダとは野菜の云いであると信じていた。ところがいざサラダという存在と真っ向から対峙してみたところ、サラダの中にはマカロニサラダもあればチキンサラダもあり、挙句には玉子とマヨネーズを和えただけで玉子サラダと呼ばれる代物や、じゃが芋をふんだんに取り入れたカロリー過多極まりないポテトサラダもある。頑固なメリ子はあくまで生野菜のサラダに固執し続けたが、ふと思い出したのは、実家の母が野菜も食べなさいとポテトサラダを押し付けて来た小学時分の夕食の風景。メリ子は考えた、(ああ、母は、『サラダ』と名のつくものなら何でも身体に良いと思っていたに違いない……。概念に囚われた挙句、本質を見失った者のなんと哀れなものよ……)


 そうしてメリ子は、自身の経験からサラダ信仰を捨てた。否、厳密に云えばより求道的なサラダ信者となった。仏教に喩えるのならメリ子は大乗の大味ぶりに嫌気を覚え小乗へと没入するようになった。メリ子にとってサラダとは、必ず野菜でなければならぬ。この観念がブレてしまったら最期、これまで己に蓄積されてきた膨大な知識常識その他万事が瓦解せられるような、強迫的な思いに駆られたのである。メリ子にとっていつの間にかサラダは、理性を保つための強固なる砦と化していた。


 夏を終え、晴れて40キロまで体重を落とすことに成功したメリ子に構う男は残念ながら今のところ現れない。けれども、いちばんまずい鼻筋を云々しようと腰を据えて考えることはおそらくないであろうとは本人の云いである。メリ子はムスリムでもないから顔面を露に、堂々と、今日も職場で鼻を潰しながらタイピングに励む。弱点の所在を常に他人に『物質的』には晒しながらも『精神的』には隠し続けている。が、そんなアンヴィバレンツよりもサラダという言葉の自分なりの意味、価値を堅持し続けることのほうがむしろ、メリ子の精神の安定に欠かせぬ要素となった。メリ子は云う。


「私にとって重要なのは、私のサラダを受け入れてくれる男性がいるかどうかなの」


 こうしてメリ子はいつの間にか、付き合う男性に求める条件を一つ追加する羽目となった。


 

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  • 2015.10.23 Friday
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コメント
はじめましてですが、いつも読ませていただいている一ファンです。最近は文面に猫木さんの精神的な不安が見えて心配していました。でもよかった、磨ぎ澄まされた文才は錆びてなくて。私のことを書かれているかもなんて、面識もないのにドキドキしました。かげながら心配しています、応援もしています。さいごに、猫木さんの感性と文章を心から愛しています。
  • 美鱗
  • 2010/07/21 5:25 PM
美鱗様


こちらこそはじめまして、そうして爆発間近の精神状態を行間から読んでいただきありがとうございました。ネカマだったらむしろ直接会ってみたいと思わせる慈悲深いコメントでした。


美しい鱗なる御名前はつまり魚眼、瞳の離れていることの暗示でしょうか。僕はかつて知念里奈をたいへん愛でた時期があり、そういう顔は嫌いではありません、が、そもそもあなたの実存と名前の関係が無でしたらこちらまるごと意味のない発言でございますから読み飛ばして下さい。


ところで芥川は、同じ形式でしか文章を書けぬようになること即ち芸術的才能の衰えと何かに書いたように記憶しますが、谷崎は形式に執拗にこだわった、つまり男女の地位の逆転、終生をこれに費やした。文豪谷崎を推す僕としては大作家芥川先生の言い分もわかるけれども同形式の文章を洗練させてゆくのもまた芸術の有様だと考えます。けれども自分はどちらにもくみしない。何が云いたいかと申しますと、今回の文章はいつも僕の書く駄文の形式からイチミリも枠を外れておらぬ実にいつもの僕の文章であり、結語の軽妙さえ癖というよりは嗜好の結果であります。最後の一文に過剰の意味を付加したくない。形式重視といえばいかにも谷崎めいてはおりますが、これ単に毎度画面に向かってから眠くなるまでの短時間で書き切れるだけの物語を思いつきで書いているに過ぎず、その思いつきが定型なのだと最近気が付き、これは芥川先生に従えば退化であり、さりとて文豪谷崎のように己の形式を確立できたわけでもない、単なる惰性に過ぎないのです。未だ自身の文章が物語性を獲得できていないのは要するに才能もそうだがそもそも鍛練からしてがまるで足らんぞという反省をしました。しかし人生の傍ら、十全の力をこちらに回すだけの器用さもなく、あーあとなっております。


そんな嫌悪の最中に頂いた言の葉であったからこそ響くものありました。今の僕には、己の感性と文才ほど信用を置けないものはない。というのは、無関係の仕事で苦労ない生活を送るには充分なほどに稼げているから。しかし書き続けますよ、継続だけが真実ですし何より僕は活字の価値を信じているから。これからも読んで下さい、しかし、鴨長明の方丈記など、いっとう価値ある書物をこそまずは愛して下さい。僕の文章には今のところそういう価値は何もありませんので通勤の余暇を埋める程度に愛でて下さればこれにまさる喜びはありません。それに、愛だのという貴重な言葉を矢鱈に使ってはいけません。メリ子がサラダの如く、何を以て愛であるか、匿名空間とはいえ愛なる単語はタモリの繰り出すインパク知並のレアーなので、妙齢の女性が安易にもちいてはいけない。インポテンツでさえなければきっと僕はあなたに迫ったことでしょう、ですからなるたけ刺激的な言葉を避け、敬遠球を投げてください。それでも、新庄みたいに打つときには打ちますから。
  • 本人
  • 2010/07/21 10:29 PM
真摯なお返事ありがとうございます!私は残念ですがネカマでも魚眼でもない、彼と別れたばかりのむなしい女です。自分に対してそんなに否定的にならないでくださいね、猫木さんは素敵な人ですよ。猫木さんのような、冷たすぎず熱すぎず、一定の温度を保ちながら淡々とした文章を書ける人はどんどん減っていると思います。みんなテンション重視というか…?その流れに乗ろうとしない姿勢とかが文体にあらわれていて、読むたび痺れてしまうし、私が文章を書く時にもいつのまにか猫木さんの真似になっちゃってますから。私には個性がないけれど猫木さんには猫木さんにしか書けないものがあります…。ここに書ききれない思いは、迷惑でしょうがmixiで勝手に猫木さんを探してメッセージ送らせていただきました。メリ子的に考えた末、やっぱり私は猫木さんに対して、愛という言葉を使わせてもらいます。
  • 美鱗
  • 2010/07/22 12:18 PM
美鱗様


永らくカマンベールやモッツァレーラに凝っていた僕ですが、最近はチェダーやゴーダ、更にはエダムにロマーノペコリーノと濃厚な味覚に嗜好が変わっております。そういう変遷の中にあって、かくの如きコメント連が降ってきた。これも一つの何か途方も無い渦に自分が巻き込まれているのだなあと歯車的な偶然の結びつきを意識せずにはおれません。チーズの濃い味好みと貴女の濃厚熱烈なアッピールを重ねてしまうほどに、今の僕は尋常ならざる強迫観念に襲われております。近寄らぬが無難です、カニバリズムすら発生しかねません。もちろん貴女が僕を食べるのです。


文章を気に入っていただくのは非常に有難く、大なる励みとなります。さりとて直接会えば僕の場合はたいがい、傷つけるか傷つけられるかの二択ですから、そんなギャンブルに身を投じるのはやめましょう、やめましょう。冴えないブロガーと、それを気に入ってしまった奇特な貴女という関係でこれからもありましょう。失望ばかりが出会いではありませんが、今の僕は口を開けばそのたび、同情するなら髪をくれですから、とはいえポプラの枝になられても困るので、僕の実存はあくまでも活字であると思って下さい。


炎天に
溶けるアイスは
棒状の
舐める幼女は
音も淫らに


事実ロリコンです、どうか見捨て下さい。
  • 本人
  • 2010/07/23 9:19 PM
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