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  • 2015.10.23 Friday
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蛙子

 パックを終えた妻が布団に潜るなり私に言った。


「あなた、やっぱり小さくなっているんじゃない?」
「そんなことあるもんか」
「あるわよ、私の胸のところにあなたの顔があるじゃない。変よ」
「ばかだなあ、屈んで甘えているのさオッパイチュウチュウ」
「まぁ」


 妻の指摘は正しい。ここ十日の間に私の身長は百センチも縮んだ。元々百九十以上もあったところが、劇的な縮小の末に今では児童のような風体となっている。とはいえ若返っているわけではない。顔などは三十五歳のままに、ただ身長が低くなっているのである。百七十台に差し掛かった頃から妻もさすがにおやと思ったらしく、最近はとにかく身長の話ばかりをふってくる。今みたいに母性をくすぐることでうやむやにできるのもあと何回とないであろうから、うまい言訳を考えねばならぬ…。


 私は消滅したいのである。私と妻は現在中国の田舎に二人で住んでおり、そこでは駐在員として工場長みたいな仕事をしているのであるが、もう耐えられなくなった。こんなもの誰が買うのだ、そんな商品を玩具屋や雑貨屋に見つけた経験は誰にもあるかと思うが、たとえばそういうがらくたの中にはまきぐそに車輪のついた偽チョロQのようなものがあって、それが全て私の工場で作られているのだからやっていられない。寿司に車輪のついたものも作っている。直視できたものではない。


 製造した先からごみとなるそれら商品の価値に、雇われた地元民達は無関心のようである。やりがいを求めるとか、そういう観念を持ち合わせていないらしい。無理からぬ話で、彼らにはまず金のないことには死ぬという過酷な現実がある。選択といったら農業か工業か、せいぜいそれくらいのものでしかなく、やりがい云々を語る余裕などない。与えられた環境が我々の育った日本とは違いすぎるのである。「たとえ製品が甘エビに車輪のついたおもちゃであろうが、それを作ることで金を得られるのなら文句は云わない、工場が潰れてしまうことこそが問題なのだ…」自分を守ることに必死のあまり行為の正当性にまで頭が回らない彼らのこうした弁は、一方で私に人間の強さというものを教えてくれるが、その一方では決してこうなりたくないという感情を覚えさせる。私には彼らの人生が万事において詰んでいるように思われてならない。


 打倒資本主義、人間らしさの追求を、そんな壮大な野望を抱くにはいささか青臭さを失った私であるものの、斯様な現実を見るに及んでは、いよいよ世の中への不信が拭えない。地球は思っていたよりずっと汚いじゃないか。だから私はもう消えてしまいたい。自分の人生がどうというよりむしろ、他人の不幸を見ていられなくなってしまった。恐ろしく不公平なこの世への反発、消極的ながらもこの身をもって現世批判としたいのである。でも痛いのは嫌だ、何より自殺は恐ろしい…。


 そんなことばかりに思いをめぐらせていたのがここ一年の私であった。そこへ或日一人の老人が私の家へやってきた。聞けば、霊峰泰山に住む仙人であった。


「お前、死にたいのか」
「何で分かりましたか」 
「この石鹸を使いなさい、徐々に身体が小さくなってそのうち消滅する」
「ありがとうございます、なんと御礼を云ってよいのやら」
「泰山と富士山も姉妹提携したのだし、お近づきのしるしだ。もっともお前は消えてなくなるがな」 
「ありがとうございます、なんと御礼を云ってよいのやら」
「注意せねばならぬこととして、決して他人に使わせてはいかん。ちょうど人一人が消えてなくなるだけの分量しかないからな。ちょっとでも使われてしまうとお前は虫みてぇな大きさでこの世に残ることになってしまう」
「おそろしや」
「ここは中国です」


 そうして石鹸を使いはじめて今日に至るというわけである。現在私は九十あまりの身長、このぶんだとあと一月もあれば確実に消えることができそうだ。心残りといえば未亡人となってしまう妻・美人子のことがあるものの、彼女ならきっと良き男を再び見つけるだろう。身長百三十、色白にして爆乳の妻はまだ十六歳、パンツも綿パンときている。その方面の男からの人気も抜群で


                 ※


 蛙子が男の家で本棚整理をしている最中、ふいに本の間から一枚の紙が落ちた。そこには上記のような書きかけの文章がしたためてあって、さては彼が書いたものかと感づくと窃視の愉悦に気分も高まり一気に読み切ったのであるが、はたして内容に不機嫌極まった。妻を捨てて勝手に消滅しようとする男の身勝手もさることながら、それ以上に最後の描写が蛙子をたまらない気持にさせたのである。蛙子は身長も高ければ乳も平たいし、下着は綿パンどころか陰部の透けるような猥褻ぶり、どう考えても自分以外のモデルを頭に描いているように思えたのであった。


(彼女がいるくせに他の女を思い浮かべるなんて酷い…! どうせ問いつめたところで妄想だよくらいにしか云わないだろうけれど、こういう時の私の勘は確かで、さてはあいつ、浮気しているな)


 などと蛙子は文章から別の女性の存在を解釈した。そのくせ、


(この仙人とかいうのはきっと友人で、消してやるっていうのは別れさせてやるってこと、あいつら二人して私をはめようとしているに違いない)


 などと都合に合わせて今度は女に自分を当てはめたりもした。そうやって自分本位に己を悲劇の主役に仕立て上げると、文書の内容を盗み見た非などさらさら考えないまま怒りを募らせ、一旦苛立った心情を冷ますのはもったいないとばかり、ベッドに寝そべってゴム遊びをする男に怒声を浴びせた。


「ちょっと! 何コレ」
「何だよ、指で伸ばした輪ゴムのドレミ音を探しているから今忙しいんだよ」
「見てよホラ何これ誰なのこれ」
「誰も何もないだろ、ただの落書きじゃないか」
「このコ誰って聞いてんの、若くて小さい色白の浮気相手でもいるんでしょどうせ、あーあ貧乳でごめんね」
「お前…頭大丈夫か?」
「どうせあんたとあの小平とかいう男二人で私をハメるんでしょ? 小平って仙人でしょ? 私と別れたいんでしょ? 消えたいんでしょ?」
「小平はたしかに仙人だけど他は全部間違っているぞ、そもそも浮気相手が作中の女でお前も作中の女って何なんだよ、論理破綻している」
「人が大事な話してるのに何輪ゴムで遊んでんのって言ってんの!」
「そんなことは今初めて聞いたって!」


 都合の悪い箇所に指摘が及ぶといつだって蛙子は感情を剥き出しにすることで話をはぐらかそうとするのだが、この男は肝の座った男であるから一人の女の恫喝などいっこう堪えず、飄々とした調子を崩さない。そしてその平然とした態度に蛙子は更に腹を立たせて、ますます大きな声で喚く。


「調子乗らないでよね!」
「うるせえなあ、帰れよもう」
「…なんでそういうこと言うの…?」
「ウワー」


 そうしてこの後、男は蛙子を慰めながら、こちらの愛のいかに深いかを言葉巧みに聞かせた。この、愛の確認作業とでも呼ぶべきひと時は、男にとっては苦痛以外の何物でもなかったが、蛙子にとっては自分を中心に地球が回っているような心地がしてたまらなく嬉しいものであった。男もそれが分かっているだけに妥協するのだが、男女間の相違を嫌なほうに捉えてしまうのは、まさにこのひと時があるせいかもしれなかった。その期に及んで男は、この書きかけがそういえば一年ほど前に蛙子と喧嘩をした直後のものであったこと、確かに別れたかったし、他の女を思う節もあったことなどを思い出した…。


 この作品を書き切ろうか。胸元に蛙子の頭を抱えつつ、そんなことを考えた。

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