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うどん武装がもたらすカルシウムかわいさ

 昼食をとるはこびとなり、何にしましょうかまで話がすすんだ。


「パスタ屋がありますよ、1300円くらいの」


「高いな、どうせお洒落なOLがいっぱいなんだろう」


 そうなんですよ、あいつらときたら1ランク上の自分を目指して必死なんですから、ふひゃっ、そんなもん喰ってられっかよ、ぱやぱや、偏見である。うどん屋に入った。


 客の1人もいないその店は、前後不覚の挙動不審な店員によってきりもりされていた。しかしながら有名で、テレビや雑誌に紹介されることも少なくない。味噌煮込みが美味いという話を聞いていたのでそれを注文した。そこに上司、


「玉子ととりめしも」


 どうやらこの店、トッピングを入れないことには本当にただの味噌煮込みが出てくるらしいのである。


「すいません、僕のも玉子ととりめし…あと、チーズ」


 結局1350円かかったのであり、パスタより高かった。


 その後、話題が平等思想に横たわる確信的な悪意という方面へ伸びはじめると、なんでも語尾に「かわいい」をつけることで具体的な実践に至るんじゃないだろうかという仮説に辿り着いた。


「エラのはった女性とかはどうするの」


「発達した骨を褒めるべきだと思うんですよ」


「カルシウムかわいいのか」


 悪くない。響きも良い。怒られましょうが。それにしたって、男は女性のアゴに異様に目うるさく、しゃくれ、エラ、いずれも2大NGである。知念里奈や今井絵理子が好きで、尊敬する人物に至ってはアントン猪木先生だったという過去を持つおれにとり、鋭利なアゴは時に羨望の的ですらあったわけだから人によって好みもあろうが、それにしたって綾瀬遥すらしゃくれとして糾弾される世相を眺める限り、普通ではないあごへの嫌悪は男性一般の感覚であるといえよう。


 しかしながらそこでアゴ女性に対して「かわいそう」の如き感覚を持つのはこれ単なる差別思想であって、少数者の弾圧であり、まこと良くないことである。かつてのおれのように尖ったアゴにこそセクシャルな願望を抱く男は確実に存在している。世の中にそうした人が見えてこないのは、偏に絶対数の不足に起因する影響力の弱さ、これに尽きる。ひとたびアゴ嗜好者の集まる小さな世界にデビューすれば、モテモテになる可能性は十分に秘めているのである。


 とはいうもの、だから気にすんなと言ったところで、泣かれるか、殴られるかのどちらかである。いくらアゴ嗜好という観念もあるんだよと言ったところで、アゴ女性それ自体が、己のアゴを嫌っている場合が多いのである。このアゴは不浄のアゴでございますと、アゴをファラオの呪いの如き解釈で憂えていて、出来ることなら削ってしまいたいと日々きりきり悩んでいるのである。岡崎京子のヘルタースケルターを一読した上で、整形に臨むのが良いんじゃないでしょうか。整形は、それでコンプレックスが解消されるのなら、悪いことではない。


 かくして、多数者の支配というのは形而下、形而上双方に及んでいるのであった。

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