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  • 2015.10.23 Friday
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一定期間更新がないため広告を表示しています


つるりと忘れて

 左脳だけがあれば万事用足りるような他愛もない労働に明け暮れていても、防衛本能かしらん、意図せぬ拍子で脳が逆回転を始めることがたまにある。たいてい、自動車で打ち合わせへ出向く最中に、降ってくる。


 するとどうだろう、私の自意識は半ば憑き物にかかったように薄れて、口元から五七調の文句がとめどなく溢れ出る。ついこの間も、そうだった。


「ああ、これをこそ書き溜めねばならないのだ」


 いつもならばその場限りで零れるだけを零して、後には決して掬えぬ自分の範疇を超えた言葉たちではあるが、かろうじて残った理性は、これを刻まねばならぬと私の手を携帯へと向けた。メールを開き、ハンドル片手に文字を打つ。花に嵐の、たとえもあるさ、さよならだけが、人生だ……、


 するとどうだろう、ふいに隣から猛烈なるサイレン音が響いて、何が起きたと見遣れば難しい顔をした警察が私に止まれと合図をしている。運転時携帯電話の使用は道交法違反であるから、そのようにして私は路肩へと停車を命じられた。


「免許証見せてー」


 常々思うことだが、警察官のあの言葉遣いの汚さと尊大な態度はいったい何なのか。語尾を伸ばす成人男性が通用する社会がどこにあるのか。法律さえ破らなければ相手を小馬鹿にしても良いというのは実際に法律を破った者に対峙した場合に、理屈としては正しいが社会正義を信条とする割にはずいぶん品性に欠けやしないか。もっとも、違反者の戯言ではある。


「あれーこの免許証切れてるねーお宅無免許だよちょっと来ようか」



そのようにして私はパトカーの指示するままに車を走らせインターチェンジ脇の詰所へと連行された。更新を忘れ、期限が過ぎていたのである。するとどうだろう。取り調べ室へと連れ込まれ、本当の取り調べが始まったではないか。罪状は、脇見から一転、無免許運転となった。


「調書取るから質問に答えてねー私が書いていくから最後に署名ちょうだいねー」
「ちょっと待って下さい、僕の言葉を文章にして、僕の言葉として書面に残すのならばそれはほんらい僕が書くべき文章ではないでしょうか、どうして僕の一人称を利用しつつ貴方がなりすましの体で書くのでしょうか、代筆人としての貴方の署名欄も見当たりませんが。貴方の質問によって回答を誘導されたきわめて恣意的な僕の言葉が貴方によって記録される、それはどう贔屓目に見ても警察官の都合に支配された運命でしかない、異邦人で云うところのムルソーのようなものだ」
「そういう仕組みなもんでねー」


 憮然、取り調べが始まった。まず、無免許となれば免許取り消しは当然として、更に罰金が数十万と聞かされた。とはいえそれは脅しで、実は警官は、うっかり更新ミスという情状酌量に基づいた寛大な処置を私にくれる予定であったようで、そのような調書作りにそこから先は向かっていった。下げて上げるパターンである。とにかくうっかり忘れていたところに論理的な根拠を持たせたい警官は、いかにうっかりしていたのかを私にしつこく聞いてきた。私も罪の軽くなる方向になびきたいものだから、はじめ呪詛した警察官に対してたちまち全面的な協力を約束し、ありったけのうっかりを、時に悲壮に、時におもしろおかしく語りつくしてしまったため、調書から読み取れる私という人間は本当に相当のうっかり者へと成り果てた。最後に文面を音読にて聞かされた時には、そんなうっかり者まずこの世にはいるまいと赤面必至のうっかり具合であった。通知の葉書を見ていない理由は、別れた女がアパート付近を徘徊しているのが怖くて近寄れなかったからだと、これは本当のことを云った。


「身元引受人が来るまでこちらで待っていて下さい」


 三十路直前でありながら、父親に警察へと顔を出してもらうはこびとなり、私の昨年末は終わった。明けて新年、羽衣伝説名高い三保松原の神社にておみくじを引いたところ、


『結婚運:近親者との結婚は知能・身体能力に劣った子供を残す可能性あり、避けるべし』


 おみくじ専門ライターというものがいるのか知らないが、今回私の引いたくじは誕生月日に応じていたがため種類は少なくとも三百六十五通りはまず確実にあるはずで、そうとなれば書き手にネタが尽きていたのだろう。十月以降は更に枯渇していると見るのが妥当で、十一月生まれの友人のくじに至っては偉人の格言が異様な級数にてでかでかと書かれていた。

新年

 あけましておめでとうございます。世界人類が平和でありますよう。


 さて明日から仕事だが、いやですねえ。妙な動きで腰を悪くして歩くも苦しい不具ならば、凍てつく空気がたださえ日々に根負けしそうな細い心を容赦なく折りにかかる。心身に、悪い。冬が好きだと強がる若さもついに私の中から消えてしまった。ネガティブが暗刻こしらえ待っている。どうしようか。


 目下の後ろめたさは、明日提出せねばならない図面を、放ったままでいることだ。明日には設計へ提出せねばならないのだが、線の一本も引いていない。正直のところ独学の壁めいたものにぶつかっているため、今回のそれに関して云えばやれといわれたところで時間をかけてどうにかなる代物でもないので、『すんませんやっぱ無理です』をぶつけるタイミングを逸したというか、図面を描き切ることよりは、なんとかそれ以外の方法で事態の収束をはかるべく薄いところを掴むような妙案を練っていた。何も浮かばなかったばかりでなく、今となれば誰かに助力を借りられる時間でもなくなってしまった。


 かくなる上は怒られるほかないのだが、それよりは呆れられる線が濃厚で、またかと思う次第。私は建築という未経験の分野に飛び込んで以来、日々自信を喪失することばかりを業務の軸に据えている。もう、文章で荒く稼げた自分などというものに対する自負もなければ、レインボーのアイサレンダーを原曲キーで歌いきる難しさを相手に説くゆとりも失った。何を誇るものもないよ、そう諦観できるくらいには打ちのめされてきた。


 息子が産まれる日がいつか来るのやら、今の私にはまるで見当もつかないが、名前は決めてある。猫木・適材適所君。人には、誰であれ長所があって、そこを仕事に活かさない手はない。私は、これまで研いできたもの全て錆びつかせながら、私の人生の中でこれだけは不要であろうと幼少の時分に放棄してきたものばかりを仕事に活かさねばならぬことの苦労たるや並大抵でないことを肌身に感じている。だが私は子に委ねるよりは孕ませる相手もいないだけまずは自分が救われねばならない。


 




薔薇の女

 三年ぶりに帝国劇場へ足を運んだのは舞台細雪を観るためであった。その日は快晴に恵まれ、お洒落を意識するあまり厚着になってしまった私は既に汗ばんでいた。約束の時間よりも少し早く辿り着いたので彼女を驚かそうと、来るであろう道からは死角になる壁際に立って彼女を待った。舞台細雪を心待ちにする層といったら大相撲並であるから、開演前の帝劇は老人の群がゆらゆらと蠢く人頭の波を作っていた。それらから醸し出される仏間の香りは、そこが日比谷であることを忘れさせた。


 女は、約束の時間を過ぎても現れなかった。当初壁際に隠れながら(通り過ぎるやいきなり頭をつかまえてキスでもしてしまおうか)などとかなり盛っていた私であったが、死角に棒立ちする私の存在にギャッと驚くのはそのたび無関係の老婆ばかりで、しかも仏間臭いのである。さては私はこのまま用なく他人を驚かせるばかりで、目当ての人と会うことは出来ぬのではないかと案じた。何せ彼女との約束はいつでも、履行されるか否かその一分前まで定かならぬ。彼女は病弱だった。電話を鳴らした。出なかった。


「今日はもしかすると細雪を観ないかもわかりません」
「そんな悲劇ってあるんですか」


 以前の職場の同僚とこんなメールを交わしていると、待ちこがれた女性からの電話とメールとが一気に押し寄せ、開演二分前の際にようやく、数年ぶりの再会と相成った。

 
 観劇を共にした相手は、Rという女性である。R、その名を口にするだけで友人の顔どれもがたちまち大いに曇るという女性である。それというのは彼女への恋慕が畸形的に発達し、私の脳を末期的に蝕んでいた時分、いかに彼女の特別であるかを私は、毎週、いや毎晩、酒を囲む友人たちに向かって、呪術的な様相でぶっていたのであった。こんなに賢い、こんなに面白い、こんなに可愛い、こんなに乳が大きい、そうして、推量ではあるが、贔屓目に見ても相当の程度で相手にされていない……。友人連としては未見の女の話をされてもわけがわからないから、はじめうんうんと頷いていたところが段々飽きてくるわけで、せめて恋愛的な展開でもあればまだ筋を追う楽しみもあったろうが、あいにく私のそれは積年の片思いに基づく女神崇拝であったから月日こそ進めど目新しい話など一つもなく、しまいには哀れな人間を見るようにして私の話に適当の相槌を打った。私が友人の立場であったら、縁を切るに値する話の輪廻ぶりではあったが、実に私は良い友人に恵まれていた。みな、優しさの範疇で私の、片思いであるだけノロケにも満たないただの話を、熱心に聞いてくれて、挙句、みな一様に耳を腐らせてしまった。けれども、吐き出さねば忽ち破綻をきたすであろう危うさが当時の私には漲っていたから、それを慮って友人は誰もが優しかったが、結局のところ私は破綻したし、やはり我々は結ばれなかったのである。結ばれなかったというか、そもそも付き合ってもいない。


 時は経ち、私を取り巻く環境も変わり、彼女は結婚した。私の女性遍歴はと云えば、相当の勢いで転がった。大学時分に結婚をすら決意したがその時にはまだ相手にその気のまるでなかった女性というのが一人いて、あれは五年も続いたか、まともな恋愛はそこで終わっている。彼女と別れてからRと知り合い、勝手に好いて勝手に失恋し、ひどく爛れ、むごく傷心し、以降の恋愛は全て、忘却を目指した逃避行となった。奇麗な薔薇には棘が云々というやつを体感した。


 新たにできた彼女のことごとくは、何らか理不尽な結末によって私との別れを強いられている。相手は、何故別れねばならなくなったのか、説明のないだけに理解できない。昨日まであれほど睦まじかった関係が、どうしてふいに終局を迎えるのか。相手に落ち度のあったこともあるが、大抵は私の頭にちらつくRの影がとれないためである。蜜の如何に甘きを知ってしまったが最後、私はもうRとの比較なくして女性を見ることができなくなってしまった。何せ過去四年程度の記憶がほとんど混ざったり消えたりしてしまっているがため付き合った人数も忘れたが少なからずの女性の心を掴むたび握りつぶしてそうして、どうしてなかなかどんな女もRには及ばないと分かって、絶望したし、それ以上の絶望を女性それぞれに与えたと思う。トリンドル玲奈というハーフの出現には冷や汗まじりに数瞬ときめいたが、有名人だったし、あとは漫画の中くらいにしか適当な女が見えてこない。有名人だとか漫画だとか、縁遠さで云えばRと同等かそれより酷いのである。それとて外見の問題に過ぎず、見てくればかりが良くても仕方が無いのは私も過去の経験から分かっている。いよいよ絶望するほかない。


 では何故いまだにRと私が関係を保っているのかという話にもなってくる。私のほうは云わずもがな、彼女は彼女で、一縷のなんらか好意に近い感情を私に抱いてはいるらしかった。ただそれは恋人や結婚相手といったような苦楽を共にする伴侶としてではなく、人の家に飼われる猫を撫でるのような、気楽に愛でることの出来る対象を思う心持ちに近いかもしれない。これは結果論にはなる。何せ既婚者である。RにはRの抗し難い運命というものが既にあって、私はそんなRの運命に不足した色を極彩色にて彩る一本の頑固な精神的支柱のようなペニスであった。精神的、というのは私はRに対して肉体的なものばかりを求めているのではなかったし、彼女もまた同様であったからである。或いはRは複数の男と恋のできる女なのかもしれなくて、云い方を変えればRの求める恋愛は一人の男だけでは受け止められない程に複雑巨大なのかもしれなかった。妄想をすればキリがないのである。そのあたりを深く考えて本当にろくなことがなかったから、今では何も考えていない。かつて私の思い込みは、Rを得体の知れぬ怪物へと育て上げた。好きだと云うのなら、何故付き合わないのだという永遠の堂々巡りが私を思考の奈落へと沈めた。


 ともかくやんごとなき女性Rと私は帝劇内へ駆け込み、二列目の好位置にて観劇を楽しんだ。幕の落ちて館内の暗くなるたび舌も溶けるような濃厚な唇への一撃を狙っていたのだが、そのような下世話な空気をあちらも察したものと見えて、暗くなるたび私から顔を逸らしていたのは男として見逃せない。劇も半ばに入って、彼女がばかに静かだったのでセンチメンタルに溺れているのか可愛いじゃないかと横顔を覗くと、Rは奇麗な項を垂れて眠りについていた。途中何度も痙攣を起こしていたからにはよほど深い眠りだったに違いない。結局Rは芝居三時間のうち一時間半程度を眠りに費やした。もとはといえばRが是非また細雪を観たいというからチケットを用意したのであって、並のデートなら私も癇癪を起こして大きな声を出して芝居そのものを転覆したところであったが、美女というのは得なもので、怒りすら湧かない。むしろ寝てしまったのを好いことに、手を繋いでやった。テロである。泣いた。


 舞台も終わり、外へ出る。
 

「よく寝ていたよね」
「本当にごめんね、でも、同じ話だし」


 確かにそうだった。それから我々は、『細雪』においては肝となる雪子役が水野真紀であっただけ壇れいの雪子を演じた前回よりも華には欠けた、壇れいが雪子かと問われればそれも疑問ではあるが、他に光る素材のなきがため中越典子演じる妙子の美しさばかりが目立つ内容で、舞台は妙子を軸に進んでいるようにも見えた、いずれにせよ原作を無視した大団円には納得がゆかないと、そんなことを話しながら私の宿泊する品川のホテルへとタクシーを走らせた。ここには水族館があって、魚を見る手筈となっていた。


「ところでさ、貴方のその丸い眼鏡ってどうなの」
「これ? 文豪眼鏡だよ」
「そういうことじゃなくてさ、裸眼で2.0なんでしょう。そこまで視力が良い人ってなんか……バカっぽいっていうか……」


 私の思うに、事物を肉眼でよく捉えられない視力の弱い人間ほど、文字においては詩性に秀でる。ぼやけていようとも認識はせねばならないから、おそらくあれはこんな具合であろうと勝手な解釈を絶えず繰り返すうち、比喩をも鍛えてしまっている。彼らは対象を顕微鏡的に分析するより自己の解釈のうまく当てはまっているであろうという確信を以て認識とするのではないだろうか。だがこの場面に及んではそんな私の耽美のかけらもない考察など本当にどうでもよかったし、これを思いついたのも今のことである。


 部屋に到着すると、Rは上着を脱いで赤い薄手の服一枚となった。天丼が食べたいと云ってルームサービスをあたろうと鏡台の椅子へ腰掛けるRの背後に回っておもむろに乳を揉みにかかると、まずは早すぎたこともあろうが意外な言葉が飛んできて、


「π>3であることを証明してくれたらキスしていいよ」


 パイときた。私はひとまず性的な頭を学問へ向け直さねばならなかったのだが、この期に及んでは乳を揉みたい以外本当に何一つ考えることの出来ない状況だったので、もっともらしい顔でとりあえず解くふりをした。ヒントを求め求めるうち回答へ肉薄してきて、円の中へ描いた正六角計を三角形に割りπr2/6などやっていたらうっかり回答がRの口から出た。ではお言葉に甘えて、と再び乳に肉薄すると、こんどは論理学の矛盾に関する問題を出されて、結果ずいぶん焦らされたし、これもまた答えられなかった。   


 そうして、水族館へ行くはずが、魚とも蛸とも云わずRはそのまま調子悪そうに崩れた。この日、Rはセックスの出来ない状況にあった。それは前日のメールから既にわかっていたことだが、会うなりそれを申し訳なさそうに云うので、「別に俺はセックスをするために君と会うのではない、楽しい歓談のひと時を過ごそうじゃないか」強がってはみたものの、一方では無理を承知の上でバッグの中にサガミオリジナルをダース単位で仕込んでもあった。


 お腹が痛いと薬を飲んでRはベッドに横たわると、じきに寝息を立て始めた。彼女はそもそも寝不足だったようである。私としては、本当に寝ているのか、誘っているのか、判然としなかったが、結論を云えば、犯した。本当に出来ないのか、実は出来るのか、それすら私の中ではいまいち判然としなかったのだが、終えてみれば薔薇の花びらシーツに紅を落とし、Rの目には涙が浮かんでいた。私は彼女を信じねばならない。






 


 

みうらじゅんスライドショー及び大人のスイカ割り

 先日、浜松にて開催されたみうらじゅんスライドショーへ足を運んだ。帯同したのはこちらに住まう女性、サブカルが好きなんですという彼女の変わらぬスタンスに対してあほかと思ってしまうのは、今の私の仕事がユーモアを要さないからだろう。余裕だけがユーモアを生み出す。かつて愛したサブカルチャーの大家に対して一歩引いた気持ちを抱きつつ、浜松アクトシティへ向かった。


 ヤフオクで格安で手に入れたチケットは、前から二列目の右寄り、つい先日購入した舞台細雪のチケットも同じような席だから、右に寄りがちなのは思想だけではなかった。登場したみうらじゅんは相変わらずの調子で、変わらないことは良いことだ。


 スライドショーとはみうらじゅんの見つけてきた珍妙な写真が舞台上のスクリーンに大写しにされて、それに対して氏がコメントを添えて笑いを誘う、というイベントである。松本人志の一人ごっつ『写真で一言』との相違点は、前者は解説、後者は大喜利で、近年のバカ画像的なユーモアがスライドショーの肝となる。そのようにしてみうらじゅんは既にあるものを弄る能力に優れている。写真で一言は、そのままでは笑い的意味を持たない写真に松本が生命を与える点が凄かった。一人ごっつに限らず、0から1を産む凄みを松本人志によってまざまざと見せつけられた我々は、どうにかその方向で彼を超えるべく各ジャンルの表現者のみならず素人までがボケに傾倒したが、一部を除けば銭を取る程度の質を保つことは出来なかったとみえて、2ちゃんやニコニコで面白い人間たちが何をやっているのかと覗いてみればほとんどがありもの弄りである。サンプリング、同人、笑った画像貼ってけ、何でも良いが、これらよりも即興性のある笑いが尊ばれるのは、実際に難しいからであって、2ちゃんで秀逸なレスが飛んだ際に周囲から感嘆の声が漏れるのは体験に基づいている。みんな、面白いことを云って、褒められたい。


 公民館で開かれる子供会の映画鑑賞会並にゆるゆるとしたイベントは二時間程度で終わり、かなり不味いパスタを食って女を家に送ると、私はそのまま今度は、「スイカ割をやるから来いよ」との知人からの不明な誘いに乗って車を浜北まで走らせた。浜松市は政令指定都市となるため近隣の市区町村を合併しすぎて現在のところ面積では日本一だが、新たに浜松となった土地の中には、まるで価値のなさそうな山だの畑だのしか見えない辺鄙な場所も多く、私の向かったのはまさにそんなところだった。土地勘がまるでないものだから、一度ライター仕事で墓地を巡らされた際に足を運んだ巨大な公園を待ち合わせ場所としてもらってあった。タイヤの表面がF1並につるつるとした危なっかしい私のボルボが公園の入り口へ怪音たてて到着すると、ベンチに煙草をくゆらせていた待ち合わせの男がこちらへ歩いてきた。私以外は全員が集まっているから早く行くぞと急かされて、そこから5分ほど車を飛ばす。到着したのはレンガタイル調のマンションで、2階だから階段で行こうとつかつか上がってゆくと、目を見張るほど不細工だが若い女が扉にもたれかかりながらビール片手に煙草を吸っていた。今日のイベントの参加者らしい。どうもと一声かけると、我々を待っていたようで、押されるようにして三人もろとも室内へなだれ込む。灯りの一切ない室内だったが説明によれば玄関から正面にリビングがあるようで、そろそろと障害物に気をつけながら声のする空間へ出ると手探り足探りで腰掛ける場所を見つけた。我々を合わせて男女比半々の六人が、或いはソファへ或いは地べたへ座り座り、ともかく一同揃って丸くなった。何で電気がついていないのだろう?


「恥ずかしいから」


 恥ずかしいと女が云うから灯りは全て消してある、男から説明があった。フローリングに座る女の煙草の先端ばかりが明るく、灰皿に揉み込まれた火種が灰皿でばらばらと散らばる。火種の一つ一つを揉み込んで、最後の火種が消えてしまうと、室内は真に暗闇となった。


 集まった面々のうち、私が知っているのは待ち合わせた主催者の男一人しかいなかったから、非常に窮屈な思いから早速帰りたくなっていた。女三人はみな知り合い同士、私ともう一人の男は、主催者が連れて来た。女三人もまた、主催者によって連れて来られた。広い人脈である。全消灯の最中スイカ割とは一体何事か、謎めいたイベントの内実を問いただしたところ、男が全裸で目隠しをして股を開いた女に向かって歩き、挿入を競う遊戯だそうで、いよいよやりきれない。


「元々はお前のアイデアだろう」


 男によれば、以前私は話のどこかで、子供の遊びとしてスイカ割があるのなら、女が砂浜に上半身を埋めて、目隠しの男が挿入を狙う、そんな芸者的な大人遊びが高度経済成長期には生まれていても不思議じゃないよねと発言していたらしく、松本人志を尊敬する人間の発想とは思われない下衆具合に、本当に俺が云ったのかと何度も確認したが、間違いないようで、しかしそんな遊びを実際にやりたいはずがないのである。私の発言が本当にあったのだとすれば、あの時代の大人への侮蔑ばかりが籠められていたに違いなかった。


「だが素面じゃあ出来んぜそんなことは」


 まずは一杯とばかりに私が手渡されたのは、紙コップ入りの焼酎だった。誰が注いだのかも分からぬ中で何を飲まされるのかわかったものじゃないと思って、缶ビールをせがむと、あいにく他には酒がないという。それでいいじゃんか、周囲の声を振り払うようにして、じゃあ買ってくるよと私が強引に出ようとすると、一人の女が一緒に行くと玄関まで出てきた。暗闇の中ではまるで判然としなかった女の顔が外の灯りに明らかとなって、見ればこのジャガイモ、毒芽を吹いているではないか。大丈夫、一人で買ってくる、欲しいもの云え、あとマ○コをよく洗っておけ、そう云うと、ゲラゲラ笑って奥に戻って、超酷いこと云われただの何だのといった声が背後に聞こえてきて、不快の中玄関の扉を早急に閉めると、愛車を自宅へと走らせた。急用を思い出したのである。


 もう、あの男と会うこともないだろう。


 





異形の園

「今週末、会場のステージで待ってます」


 むしろ私がいっぺん云ってみたかった台詞が、女性のほうから飛び出た。彼女はバンドの一員として小難しい音楽と向き合い続けて数年になる。インディーズバンドのライブというと私はまず、高校時分に五百円で買わされた『メリー糞リマス』というハードコアイベントのチケットを思い出す。今にも退学になりそうな素行の悪い男子生徒がいきなり休み時間の教室へと押し掛けてきて、弱そうな者を見つけ次第順に声をかけはじめると、営業手腕たるや卓抜で、過ぎ去るところ皆が例外無くチケットを握りしめていた。終わったポケモンのレベル上げに興じていた私も当然彼の目に留まる。頼むよと泣きつかれて、『黒夢のカバーやるの?』『やるやる』やらなかった。チケットを購入した者のうち馬鹿正直に会場へ足を運んだのはクラスで私だけだった。


 断れない性格なので、誘われたら応じるほかない。本音を云えば、昼にトンカツを喰って夜にカツ丼を喰うより避けたいこのライブだが、ちょっと刺激が欲しいところでもあるので、当日の気温が二十度以下ならたぶん行く。


 

思い出総括 トルコ旅行編

 数年前、トルコへ一人旅をしてきた。ドイツのフランクフルトからイスタンブールまでの飛行機は、現地での宿付きで三泊三万円程度だったと記憶している。あちらヨーロッパでは格安の飛行機がたくさんあって、ヨーロッパ圏内ならば三千円前後でどこへでも飛べた。この時トルコを選んだ理由は特になく、むしろドイツ生活そのものが完璧な異文化であったからわざわざ旅をしたい気分ですらなかったが、若者らしくあれと行動を促す上司によって行かざるをえなくなった。消極的な旅だった。


 とはいえ現地に到着すると、ここがケマル主義の国かと少なからずの感動を覚えたのも事実である。少女の割れ目が如きボスポラスの海峡を船でぬけたり、ブルーモスク、アヤソフィア、ドルマバフチェ宮殿、イェレバタン貯水池などといった一通りの名所を三日のうちに巡ったりした。印象深かったのは未だ月の朧な早朝に市中のスピーカーを通して流れるコーランと、イコンとしてこれまた市中至るところに讃えられるアタテュルクの肖像。この二点を以て私はトルコへいるのだと実感した。あとは肉が臭いだとか、鳩が多いだとか、記憶も印象に終始している。


 奇怪な出来事は二日目に起こった。ネットカフェでごろごろした後、飯を食おうとニカの大火を思わせるかのような壮大な夕陽に燃える街を練り歩いていた時のことである。いかにもトルコ人らしい、ワックスで整えられた短髪に、彫りの深い顔立ちをした、スーツのよく似あう長身で褐色の若い男が私に話しかけてきた。


「日本人か?」
「そうである」


 彼は流暢な英語で、外資エレベーター製造メーカーに働いていることや、日本人を非常に好んでいることなどを話した。つきましては晩飯でもどうかと初対面にも関わらず異様になれなれしい。外国において、観光客に優しい奴は詐欺師である。咄嗟に私は、ははあこれは何らかハメられるに違いない、そう踏んで、喜んで飯に付き合うことにした。


 連れて行かれたのは大衆レストラン風情の店で、現地人から観光客まで層もまばらである。ここは奢るから好きなものを食えと云う。『ここは』という言葉に存外の意味が含まれていたことは後述するが、とりあえず食えるだけ食った。


「美味かっただろう? どうだ、次はちょっと行きつけのバーに行かないか?」
「金ないよ」
「おごってやるさ!」


 と云うので、ここでも私はよし行こうと乗った。連れて行かれたのは大通り沿いにあるバーで、入口を潜ると地下に通された。途中、セキュリティチェックがあって屈強な男に私は全身をまさぐられた後、ようやく店内に入るドアを押した。コの字ソファの並ぶキャバクラのような内観で、奥部には照明の落とされたステージがある。客はまばらだ。席に通されるより早く勝手に座るとメニューがテーブル上に置かれていて、コーヒー一杯八千円とあった。私の動きを見たホステスが、慌てて席へやってきた。


「あなた日本人!? 素敵な服を着ているじゃない」


 とか云いながら光の速さでメニューを手に取ると、それを従業員へ渡す。私をこの店へといざなったトルコ人も、勝手に着席しちゃうなんてダメだよなんぞ云いながら笑っていた。ぼったくりだが、私の察するにはメニューに金額を記載することが法的に義務付けられているか何かするのだろう。或いは、支払いをゴネられた際にお前が見ていないだけだと恫喝を通すための方便に使われるのだろう。いずれにせよぼったくりである。


 目の覚めるような東欧美人に囲まれつつビールを飲むうち、そろそろかと思った私は、便所へ行くと財布からクレジットカードと大きなユーロを取り出して、それらを靴下の中へと仕舞い込んだ。法外な請求を食らえば財布丸ごと取られてしまうのだから、隠すのは当然だ。とはいえ一円もないとなると逆に怪しまれて全身をくまなく調べられかねないから、三千円は残した。そうしてこの有り金で楽しめる限りを楽しむべく、再び席へと戻った。BGMにはホテルカリフォルニアが流れている。いつでもチェックインできるが二度と去ることはできないここホテルカリフォルニアへようこそ。示唆的である。


「お前は楽器とかできるのか? ドラムとか」
「8ビートくらいなら出来るさ、ホテルカリフォルニア懐かしいなあ」


 適当なことを云っていたら、なんとステージの奥からドラムが出てくるではないか。そうして私は軽薄な言葉の代償としてトルコ人のギターに合わせて滅茶苦茶なドラムを叩くはこびとなり、空虚な気持となって席へ戻ると、そろそろ帰ろうかというはこびになって、美女の持ってきた請求書には二千ユーロと記されていた。当時の為替では三十万相当である。


猫「奢ってくれるんだろう、御馳走様」
ト「ちょっと待て……、こんな値段ってあるか?」


 トルコ人は、自分も被害者であるかのような演技を始めた。そうして、申し訳ないが金を出してくれ、なんて店だ畜生、そんな独り言を続ける。


猫「全財産でこれしかないよ」
ト「カードはないのか?」
猫「あるわけないだろう、俺は無職だ。日本では無職になると旅に出る。なぜなら長期休暇が存在しないから」
ト「!?」


 実際私は無職ではなかったが、とにかくそのような話をしているうち、屈強な男に別室へと通された。初老の白人が社長椅子に腰かけていて、ソファに座る私を見降ろすような形で会話が始まると、同時に拳銃も出てきたものだからさすがに震撼であった。全身くまなく調べられたが、靴下の中までは及ばなかった。


「本当に金がないのか?」
「ないです。そもそも私に所持金がないことは彼に伝えてあります。彼が奢ると言ったから飯にも付いて行ったし、このお店にも来たのです。私の旅行は明日で終わり、所持金もちょうどゼロになる程度しか持ってきていません」
「カードはないのか?」
「そもそも作ったこともありません」
「もういい帰れ」

 
 外へ出ると、トルコ人が猛烈な不機嫌顔で私を出迎えた。おそらくこのトルコ人はノルマ制のようなもので雇われていて、客の払った金額のうちパーセントでマージンを受け取るとか、そういう形態なのだろう。


「お前を殺してやるぞ!」


 そう云って二人タクシーへ乗り込むと、どこやらわからぬ方向へ連れて行かれる。道中、本当に金がないのか? こればかり聞くので、何もないの一点張りを続けると、ならばお前が持っているデジカメを寄越せという。


「それは駄目だ、思い出が詰まっているから」


 ふん、という調子で返してくれたから驚いた。と、タクシー運転手に現地語で何やら伝えて、あらぬ空き地に止まった。本当に殺されるかもしれないと心中穏やかならぬ気がしていたが、


「絶対に逃げるなよ!」


 立ち小便であった。私は運転手に向かって、お前もグルなのか? と聞くと、正直に答えるわけもないが違うと云ったので、日本の五百円玉を手渡した。


「だいたい20ユーロの価値があるから空港でもどこでも替えればいい、これで私を○○寺院まで連れて行ってくれないか」


 オッケーオッケーと運転手も調子良く、小便しながら大声で私を引き止める男を尻目に私は危機を乗り切った。ホテル名を伝えたら厄介かもしれないという直感から、土地勘のある最寄りの寺院の場所を伝えたのは我ながら聡明で、無事ホテルへと戻れた。そのようにして地球の歩き方にでも投稿すべきぼったくり被害を体験してきたのだが、もっとも驚いたのは翌日、フランクフルト便へ乗り込んだ時のことだった。


「OH!」


 コーカソイド美女の群れが私を見て驚くので、誰だと訝しがると、他でもない前日のぼったくり店で私にビールを注いでくれた連中で、なぜドイツへ行くのか、店は開かなくても良いのか、よりによって同じ便か、すっかり混乱した。私の隣席二つには人形のように繊細で可愛らしい小学生程度のドイツ娘とその母とが座っていて、このアジア人は何をそんなに驚いているのだろうとおかしな顔をしていた。私はこの怪奇じみた偶然をぜひ伝えてやろうと紙と鉛筆を手にとり、トルコ滞在時の顛末を稚拙な英文で書きなぐると、ちょっと読んでくれろと母に渡した。母はなんたる偶然と興奮した様子でいろいろを私に語りかけ、それにしても無事でよかった、日本人は騙されやすいって聞くから気をつけないとねと優しく、それにしても機内でそんな帽子は暑くないかしらと禿をも労わるおせっかいで、ちょっと貴女も読んでみなさいとその紙を娘に手渡した。娘は不服そうな顔をして読みかけの雑誌を膝に置くと、渡された紙の上に視線を滑らせ、無垢とも無関心ともとれる瞳で私を一瞥、


「ミステリアス」


 そう云い捨てて、もと読んでいた雑誌に再び目を落とした。教育がなってない。


 

春の雪

 今年は十倍ですよ、聞いてはいたけれども毎年ひどいのだから想像がつかなかった。花粉である。女の感度は男の十倍と云われても、やはりぴんとこない。


 今日は、静岡の秘境『寸又峡(すまたきょう)温泉』へSLしてきた。すると、金谷あたりから目が開かず鼻は垂れ、喉も疼けば金属めいた耳鳴りが止まらない。山まるごと杉ですから、車窓からしてが花粉べったり、黄砂を浴びた窓のように水滴の痕を浮かび上がらせる。山高ければ谷深し、眼下には蒼い河川の山をぬいぬい伸びゆく絶景が広がっていたはずだが、私はくしゃみを百度ほどするうち全身に気だるさがたまらず眠ってしまったので気がつくとそういうハイライトは全て終わっていた。


 ところで列車に乗り合わせた客の多くは驚くべきことにカメラを携えた若い奇麗な女で、山ガールか、それともカメラガールか、よく知らないがみな可愛かった。私の同伴者ももちろんカメラを携帯していて、ばしゃばしゃ撮っていた。私も、携帯電話でSLや鉄オタをいくらかは撮影した。言葉で説明するより早いので、ブログにアップしたいのだが、面倒でやらない。それかといって別に言葉で説明するわけ、でもない。


 粘膜を焼かないことには暮らしが成り立たないほどに、今年の花粉はきっと凄絶でしょう。

 

十万円で何が出来たか

 都内某所で置き引きに遭い現金を十数万円盗まれた。犯人に情けというものあるならば、せめて私の切望していたレズ鑑賞型3Pイメクラに散財してほしい。あの金は、そういう金だ。のみならず、紙袋に入った物も持ち去られた。


 ・iPhone用のキーボード
 

 出先で長文を打ち込まねばならぬ時に備えて、これまではポメラを携帯していた。二年ほど持ち歩いてみたところ、一度も開かなかった。


〜ワタシ、テレビはNHKのドキュメンタリーしか見ないから〜
(付き合いたての頃はそのようにしてどこかスカしていた彼女が、最近は私の影響を受けたのか、バラエティばかり見ている。たまにはNHKで放送された英式ガーデニングの大家にまつわる番組など録画して独り見入ることもあるが、何のことはない、開始五分でいびきをかいている。タモリ倶楽部は何週分を続けて見ても目を爛々と輝かせているのに……。『こうありたかったワタシ』の幻影をひきずる彼女にとって、いまやNHKの番組は自尊心を維持するためだけに存在しているようだ。作業だろうが何だろうが、とりあえずNHKの立派な番組を録画しました、見ました、という、事実が重要らしい。果たしてそれが一体彼女の人間性にいかほどの意味を持たせようか)


 ポメラは、それがあれば自尊心を保てるというような代物ではぜんぜんなくて、本当に使えない。キーボードさえあればネットにも繋がるiPhoneが完璧だと思っていたところ、そういうものがあったので、購入し、開く前に盗まれた。


 ・無関係な死・時の崖 安部公房


 これと、ジキル博士とハイド氏、あと藤村の破戒も購入してあって、いちばん面白そうな公房だけが盗まれた。藤村の破戒は帰宅してから本棚を見ると既に四冊あった。というのは、日々の繁忙に活字から離れるとそのうち反動が生じて頁数の割には重厚なやつ、を読みたがるきらいのある私は、そうやって発起するたび破戒を選んでしまうのである。これで五度目の発起。藤村の破戒は目盛りとして機能している。


 それにしても歯が痛くて薬が手放せない。来週は親知らずをいっぺんに四本抜きたいが、怖いのでたぶん一本も抜かない。


口座差し押さえ

 コンビニで給料の入金を確認したら、残高が0000円。端数まで消滅しているとはただごとではない。銀行へ電話をかけて、犯罪に巻き込まれたようですと汗ばむと、声色美人から阿呆を相手にするような対応を受け、杉並区役所へ回された。太い声の男が電話に出た。


「都民税滞納による差し押さえですよ△△さん。あのねえ、あなたねえ」


 思いもよらぬ豪腕。聞けば再三の督促状が高円寺に届けられたらしい。私はずいぶん昔にアパートを出たので書面を確認していない。電話越しに威張る男との会話はしぜん噛み合なかったが、私を蔑むこと度を超えていて、把握するにつれぜんぶこちらが悪かった。薄い貯金から残額を支払う形で話は終わった。住民票を放っておいたせいでだらしない目に遭った。


 韓国戦を観よう。

コロッケものまね百連発

 昨年末、録画してあったコロッケものまね百連発を友人宅で観た。レパートリーには努力の痕跡ともとれる『エグザイル』『河村隆一』が含まれていて、たしかに似ていなかったけれども、驚愕すべきは渾身の『ティラノザウルス』で、あと『鮭』。特に前者は私にとって2010年のハイライトで、コロッケが巨大な恐竜を真似てのっしのっしと歩くのである。唖然とした。





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